口利き
「それは大変ですね……あの、それじゃ、鉱山の人全員で、環境が改善されるまでストライキとかやったら、いいんじゃないですか?」
言ってから、いかにも素人考えの提案だということに気がつき、急に恥ずかしくなったが、おじさんは怒ったり、私を馬鹿にしたりすることはなく、静かに首を横に振った。
「ところが、そうはならないんだ。さすがは商売に長けたクレメンザ商会と言うべきか、連中は上手く労働者の心理をコントロールしていてね。新しい坑道を開いた者や、貴重な鉱石を発見した者には、目玉が飛び出るようなボーナスを支給するんだ。……だから誰も、休まない。他の皆が休んでいるときに働けば、一財産築けるからね」
「な、なるほど……」
「特に、若くて野心溢れる労働者は、目の色を変えて坑道を掘りまくってるよ。だがこんな、安全を軽視し、人間の欲を煽るようなやり方は間違っていると俺は思う。坑道というのは、崩れる時は一瞬だからね。慎重に慎重を重ねるくらいでちょうどいいんだよ。第一、山は逃げないんだ。そんなに焦って鉱石を掘って、いったい何になるっていうんだ」
「そうですね……でも、これまで国がうまく運営していた鉱山が、どうして突然、民間のクレメンザ商会に任されたんでしょうね?」
そこで、おじさんのゴツイ眉間に、さらにググっと皺が寄り、不愉快そうに眉が顰められる。その、あまりにも迫力のある顔に私がたじろぐと、それに気づいたおじさんは「おっと、ごめんごめん」と言い、表情を緩めた。
「なんでも、クレメンザ商会のボス……えーっと、名前はエルコーレだったかな? そいつが、自分の娘を使って、あの『ミリアム・ローゼン』に取り入ってさ、国に色々と働きかけたそうなんだよ。それで、本来国営の事業だった鉱山運営が、めでたくクレメンザ商会のものになったそうだ。まったく、子供まで利用して、商人ってやつは大したもんだよ」
私は、絶句した。
瞳を閉じ、私の中にある『ミリアムの記憶』を反芻してみる。
そうだ。
いつだったか、フランシーヌに猫撫で声でおねだりされたことがあるわ。
鉱山は国が運営するより、民間のクレメンザ商会が管理した方が、より効率的に成果を出すことができるから、ローゼン公爵――お父様に頼んで、国に対する口利きしてもらえないかって、言われた気がする……
なんてこと。
おじさんの働く鉱山の環境が変わってしまったのは、私がフランシーヌの操り人形みたいになって、お父様に進言したせいだったのね。一ヶ月前、酔っぱらったおじさんが、ミリアムのことを口汚く罵ったのも当然だわ。
私は恐縮し、俯いた。
口からは、自然と謝罪の言葉が漏れた。
「ごめんなさい……」
本当に、蚊の鳴くような声だった。
おじさんは不思議そうに首をひねり、それから豪快に笑った。
「がはは! どうしてお嬢ちゃんが謝るんだい? いやあ、話を聞いてもらって、スッキリしたよ。若い女の子に愚痴を聞いてもらうってのは、案外いいもんだな! さあ、湿っぽい話はもうこれくらいでいいだろう。このテーブルの料理は、好きなように食べてくれ! ここの飯は美味いから、つい頼みすぎちまったんだ!」
私は頷いた。
楽しそうに料理をすすめてくるおじさんに、私の正体が『ミリアム・ローゼン』であることを話す勇気はなかった。……少なくとも、今の私には。