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気遣い

「そうでしょうか?」


「そうさ。おっさんが俺に、どういう反応をするかは分からねぇ。『この前はよくもやってくれたな』と怒るか、それともビビッて逃げ出すか、あるいは、気づかぬふりをして、沈黙を貫くかもしれない。……だが、どんな反応を取ったにしても、間違いなく、今のいい雰囲気は壊れちまうだろう。そういうの、嫌なんだよ」


 私は小声で「へぇ」と呟いた。

 黒いコートの女性の気遣いに、素直に感心したのだ。


「ここ、いい店だからな。何度も空気を乱したくねぇんだ。言い訳するつもりはねぇが、俺は一ヶ月前だって、刃物を抜く気はなかったんだぜ。だが、尋常じゃない雰囲気だったからよ。仕方なくさ……」


 だんだんと語尾が弱くなり、ごにょごにょと口ごもる姿は、まるで、先生にイタズラの言い訳をする子供のようだ。凄味のある外見とのギャップに、私が思わず吹き出すと、黒いコートの女性は、軽く頬を染め、唇を尖らせた。


「な、なんだよ。笑うなよ」

「ごめんなさい、でも、言い訳する姿が、なんだか可愛くって」

「可愛いって、俺がか!? 冗談キツイぜ!」


 黒いコートの女性は、ますます赤くなり、そっぽを向いてしまう。

 そのリアクションがとってもキュートで、私はちょっぴり調子に乗って会話を続ける。


「ほら、そういう反応、やっぱり可愛いですよ♪」

「あー、もう、やめろってば。まったく、あんたと話してると調子狂うな……」


 そんな感じで、やいのやいのと騒いでいると、突然、店の窓が開いた。


 開けたのは、フェリスだった。

 フェリスはきょとんとした顔で、私を見つめ、言う。


「そんなところで、何してるの……?」


 どうやら、窓の近くで騒ぎすぎて、気づかれてしまったらしい。


 まあそもそも、別に隠れていたわけでもないのだ。

 私はフェリスに、気になって様子を見に来たということを話した。


 フェリスは黙って私の話を聞いた後、親愛の情がたっぷりこもった笑みを浮かべる。


「そうだったの……心配してくれてありがとう」


「でも、完全に杞憂だったけどね。さっきから見てたけど、あなたの働きぶりは凄いわ。一人で五人分は働いてるんじゃない?」


「そんなことないと思うけど……」


 はにかんで、謙遜するフェリス。

 それから彼女は、何かを思いついたように、口を開く。


「ミリアム……じゃなくて、ミリア、あなた、お夕飯は済ませてきたの?」


「一応、簡単にはね。だけど、ここまで小走りで来たから、もうお腹すいちゃった」


「ふふ、それじゃ、中で何か食べていって。もちろんお代はいらないわ」


 私は、『お代くらい払うわよ』という言葉を、飲み込んだ。飲食代を払うお金くらい、当然持っているが、こういう場合、つべこべ言わずに、素直に厚意を受け取っておくべきだと思ったからだ。


 生真面目に遠慮すると、逆に相手のことを傷つけることって、あるもんね。


「そう? それじゃ、お言葉に甘えて……あっ、えっと、あなたはどうします……?」


 私はそう言って、ついさきほどまで話していた黒いコートの女性の方に目をやる。……彼女の姿は、もうどこにもなかった。


 まるで、最初からいなかったみたいだ。

 ほんの少しの足音も立てずに、消えてしまうなんて。

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