再会
彼は、相変わらず真っ赤な顔で酔っ払っていたが、以前のように嫌な絡み方をすることはなく、給仕に来たフェリスと、朗らかな様子で会話をしている。
内容は、ここからでは聞き取れないが、おじさんは、何度もペコペコと頭を下げていた。やがて、話が一段落すると、フェリスとおじさんは、顔を見合わせて楽しそうに笑った。
その時、不意に背後から声をかけられる。
「あのおっさん、ウェイトレスの姉ちゃんに、詫びを入れに来たみたいだな。それで、姉ちゃんも、おっさんのことを許したんだろう」
ほとんど耳の近くでそう言われ、私は驚き、軽く跳びあがった。
落ち着いた声で話しかけられたから、その程度で済んだが、もしも『わっ!』と脅かされていたなら、びっくりして悲鳴を上げていたかもしれない。
だって、足音どころか、何の気配もしなかったんだもん。
驚いた様子の私を見て、声をかけてきた人物は、すまなそうに苦笑した。
「すまん、驚かせるつもりはなかったんだが、興味深そうに中を見てたから、あのおっさんとウェイトレスの姉ちゃんが何を話してるか、教えてやろうと思ってさ」
そう言って、銀色の髪をポリポリとかいたのは、一ヶ月前、フェリスの窮地を救ってくれた、黒いコートの女性だった。
彼女は今日も、前に会った時と少しも変わることのない、漆黒の分厚いコートに身を包んでいる。……もう六月だというのに、こんな格好で暑くないのだろうか?
「あの、そんな格好で……」
思わず、感じた通りのことを口から出しそうになるが、私は途中で言葉を飲み込んだ。親しい間柄でもないのに、服装についてあれこれ尋ねるのは、失礼だと思い直したからだ。
少しずつ暑くなってきたこの時期に、わざわざ体を覆い隠すようなコートを着ているんだから、何か事情があるのかもしれない。『理想の公爵令嬢』を目指す者として、軽率な言動は控えるべきよね。
と言うわけで、私は「コホン」と咳払いし、話を切り替えた。
「あんな離れた場所にいる、おじさんとフェリスの会話が、聞こえるんですか?」
黒いコートの女性は、自分の耳を、指でトントンとつつくようなジェスチャーをして、笑った。
「俺の耳は特別製でね。聞く気がなくても、勝手に色んな音が耳に入ってくるのさ」
「へぇ~、凄いですね。耳がいいと、いろいろ便利そう」
「そうでもねぇよ。何でも『過ぎたるは及ばざるがごとし』だ。最近、隣の家のネズミの足音がうるさくて、よく眠れねぇ。まったく、耳がいいのも考えもんさ」
いやいやいや……いくら耳がいいっていっても、隣の家のネズミの音が聞こえたりはしないでしょう。この人も冗談とか言うのね。案外話しやすそうで良かったわ。
私はクスリと微笑んで、尋ねる。
「あの、どうしてこんな、お店の外にいるんですか? お酒を飲みに来たんじゃ……」
そこまで言って、お店の外にいるのはお互い様だということに気がつき、苦笑する。黒いコートの女性も、私と同じように苦笑すると、窓から店の中を眺め、言う。
「そのつもりだったんだが、店から聞こえてくる声で、あのおっさんが中にいるのが分かってね。今日はやめておくことにしたんだよ」
「えっ、なんでです?」
「なんでって、せっかく店の中がいい雰囲気になってるのによ、一ヶ月前、あのおっさんに恥をかかせた俺が入って行ったら、ぶち壊しになっちまうだろうが」