看板娘
今更言うことでもないが、フェリスはとても可愛い。
小柄な体は庇護欲をくすぐり、どこか小動物を思わせる愛らしい顔立ちは、美しさと同時に、愛嬌も兼ね備えている。だから、つい触りたくなる気持ちはわかるが、それでも、お尻を触っちゃ駄目でしょう。いや、お尻以外ならいいってわけでもないけどさ。
しかし、先程も思ったが、今日のフェリスは、とても眩しく見える。
それは単に、フェリスの外見が良いという意味じゃなくて(もちろん外見も良いのだが)、彼女の一挙手一投足に、活力がみなぎっており、楽しんで仕事をしているのが、こうして離れていても伝わってくるのだ。
甲斐甲斐しく働くフェリスがいることで、さほど明るくもない店内が、日向のように輝いて見える。今のフェリスは、まさに『看板娘』といった感じだ。
それにしても、フェリスは一人でオーダーを取り、一人で配膳し、一人で会計までこなしているのに、少しも大変そうじゃない。……いや、むしろ、私がいた頃より、テンポよく仕事が進んでいるようにすら見える。
どうしてだろう?
これまでは私と二人で接客をしていたのだから、私が抜けた分、単純計算で二倍忙しくなるはずだ。それが心配で、私もヘルプに入るつもりで、こうして『犬のしっぽ亭』に来たのだが、軽やかに、踊るように仕事をこなしているフェリスを見ていると、私が手伝いに入ったら、かえって邪魔になるのではとすら思えてくる。
……あっ、そっか。
私がいない方が、フェリスは仕事がしやすいんだ。
まさに今気がついたみたいに言ったけど、正直に言うと、少し前から、薄々は感づいていたのよね。どんどん仕事を覚えて、効率的にお店を回しているフェリスにとって、私の存在が足手まといになってることに。
前にも述べたが、フェリスは人並み外れた『学習能力』の持ち主なので、一度覚えた仕事をどんどん効率化し、凡人の私ではとてもできないようなことを、平然とやってのけるのよ。
特に驚いたのは、フェリスは注文を取る時、メモをしないのだ。
いや、一人や二人のオーダーなら、私だって、頭で暗記することくらいできますよ。
だが、フェリスの場合は、七人から八人、多い時は、十人以上のオーダーをいっぺんに受けても、それを全て暗記し、配膳の順番も間違ったりしないのだ。
感心した私が、『どうやったらそんなことができるの?』と聞いたら、フェリスは『コツがあるの』と言い、その『コツ』を教えてくれたのだが、私にはちんぷんかんぷんな方法で、当然ながら習得することはできなかった。
改めて私は、店内のフェリスを見る。
きびきびと働くさまは、頼もしく、そして瑞々しい。
……どうやらもう、私の助けなんて必要ないみたいね。
心配で駆けつけたけど、とんだ杞憂のおせっかいだったらしい。
安堵感と共に、ちょっぴりの寂しさと、切なさが胸を去来する。
「雛鳥の巣立ちを眺める親鳥の気持ちって、こんな感じなのかしら……」
後方彼氏面改め、後方親鳥面でしみじみとそう言いながら、私はしんみりとした気持ちでフェリスを見守り続ける。
思わず、「あっ」と声が出た。
端の方のテーブルに、一ヶ月前、フェリスに手を上げた、あのならず者のおじさんがいたからだ。