これからの行動次第
「……本当の話だったとしたら、ちょっとだけ嬉しいかな」
「どうして?」
「だって、お母様みたいに、優しくて素敵な人でも、昔は短気で、粗暴な面もあった――つまり、多少は問題のある人格だったってことでしょ? でも、今は国中の皆に好かれてるわ。それって、人は変われるってことよね」
お母様は、静かに頷いた。
私も頷いて、言葉を続ける。
「だったら、町の皆に嫌われている私だって、これからの行動次第で、皆に好きになってもらえるかもしれないって思えて、なんだか、勇気が湧いてくるの」
私は、本当にそう思っていた。
都のほぼ全員に嫌われている最低最悪の悪役令嬢と、若い頃ちょっと短気だった程度の聖女では話の次元が違うが、それでも、お母様のことを思うと、前向きな気持ちになれる。
そこで、お母様はブラシをサイドテーブルに置き、後ろから私を抱きしめた。
「そうね。人は、いつだって、自分の決心次第で、変わることができるのよ。どんな辛い状況でも、強い決意と覚悟があれば、必ず運命は良い方向に転がっていくと私はいつも思っているの。だから、あなたならきっと、誰からも愛される素敵な女の子になれるわ……」
私はお母様の愛情と優しさを体いっぱいに感じながら、静かに頷いた。
ひさしぶりの母娘水入らず。
とても温かく、素敵な時間だった。
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そして、夜。
私は町娘の服装に着替え、『犬のしっぽ亭』に向かった。
何故かというと、フェリスのことが気になったからだ。
時刻は午後7時。
お酒を飲みにくるお客さんと、夕飯を食べにくるお客さんが殺到し、『犬のしっぽ亭』が一番忙しくなる時間だ。
フェリスはもうすっかり仕事を覚え、あらゆる業務を、私よりもテキパキとこなしているのだが、それでも、私が抜けて、ただ一人の従業員となったことで、てんてこまいになってないか、心配でたまらなかった。
『犬のしっぽ亭』に到着した私は、にぎやかな声であふれる店内を、外の窓からそっと覗き見る。そこには、溌溂とした様子で、生き生きと働くフェリスの姿があった。
「ありがとうございましたー♪ またお越しください♪」
店を出るお客さんに対し、太陽のような笑顔で挨拶をするフェリス。
……なんだか、今日の彼女は、いつもより眩しく見える。私は『犬のしっぽ亭』の外壁に寄り掛かるようにして、しばらく、ぼーっとフェリスを眺めていた。
そうするうち、自然と、口から独り言が漏れた。
「フェリス……成長したわね。最初は、複数の注文が一度にきただけで、大慌てだったのに。今じゃすっかり、ベテラン店員の風格ね……私も鼻が高いわ……」
外から酒場の窓に張り付いて、後方彼氏面で、ぶつぶつと喋っている私の姿は、道行く人たちからすれば、さぞ不気味だろう。
だが、成長したフェリスの姿を見ていると、万感の思いを抑えきれない。
私は少しだけ声のトーンを落とし、相変わらずぶつぶつ呟きながら、フェリスを生暖かく見守り続けた。
「あっ、駄目よ、駄目駄目っ。あのおじさん、何、フェリスのお尻を触ろうとしてるのよ。駄目よ、駄目だってばっ! ……ふぅ、さすがフェリス。腰をずらして、華麗に回避したわね。騒いで店内の空気を悪くすることなく、ごく自然にセクハラをスルーする完璧な店員ムーブ……見事だわ……」