晴れがましい気分
もともと、私専属のメイドであったセラとドリーだが、配置転換でお兄様のメイドとなったので、最近はあまり接することもなくなったのだが、彼女たちにも、私が変わった――あるいは、変わろうとしていることが伝わっているのだ。
なんだか、自分の努力が認められたような、晴れがましい気分だった。
私は瞳を閉じ、感情を噛みしめるようにゆっくりと頷いてから、なるべく平静を装って「そう」とだけ返事をした。本当は、歌でもうたいたくなるほど嬉しい気持ちだったが、はしゃいだ姿をお兄様に見せるのが恥ずかしかったのだ。
「まあ僕は、ひねくれていて、悪魔的なきみも好きだけどね。でも、素直なきみも、とっても可愛いよ。……と、言うわけで、今度こそ素直に、僕の愛を受け取っておくれ」
お兄様はノーモーションで前進すると再び私を抱きしめ、またしてもキスを迫ってきた。
いったい何が『と、言うわけで』なのか。
私はため息を漏らし、再び頭突きをする。
こちらとしてもお兄様を警戒し、いつでも迎撃態勢に入る準備をしていたので、私の額は、さっきより的確にお兄様の顎に当たり、クリティカルヒットとなった。
これにはさすがのお兄様もかなりのダメージを受けたようで、端正なあごを擦りながら苦笑する。
「おお痛い。酷いなあ。僕の顔に暴力を振るう女の子なんて、この聖都フォーディンの中できみくらいだよ」
『顔に暴力を振るう』という言葉を聞いて、私は少しだけ反省した。
自分は、転んで顔に大怪我しそうだったのを助けてもらったのに、無遠慮にお兄様の顔へと二度も頭突きをしたのだ。確かにこれは、『酷い』と言われても仕方ないかもしれない。
いや、でも、やっぱり兄妹でキスはおかしいでしょ……
私の心の中に、お兄様に対して申し訳なく思う気持ちと、抗議をするような気持ちが同時に発生し、その二つは混ざり合うコーヒーとミルクのようになって、歯切れの悪い言葉が口から出て行く。
「だ、だって、お兄様がしつこくキスしようとするんだもん……。お兄様が『もうキスを迫ったりしない』って約束してくれるなら、私も『二度とお兄様に頭突きをしない』って約束するわ……」
「そうか。そんな約束はできないから、これからも僕は、愛しい妹に頭突きされ続けるわけだね。まあ、これはこれで、新しいスキンシップの形と言えるかもしれないし、甘んじて受けるとしよう」
お兄様は少しも悪びれず、私の額を撫でながら言った。
どうやら、何があろうと私とのキスを諦める気はないらしい。
……ちょっとでも申し訳ないと思って損したわ。
私はジト目でお兄様を見ながら、話を続ける。
「でも、なんだかお兄様とこうして話すの、凄くひさしぶりな気がするわ。最近は、お屋敷の中で顔を合わせることもまったくなかったし。……また、適当にナンパした女の子の家にでも入り浸っていたんでしょう?」
お兄様は、腹の底から心外であると言わんばかりに肩をすくめ、私の言葉に反論する。
「違うよ、全然違う! 確かにそういうことをすることもあるけど、今回は違うよ。母上が『聖務』で国外に出られたから、僕もその警護として同行していたんだよ。ちゃんと前に説明したじゃないか」
「え、あー、そうだっけ? そういえば、少し前に、そんなこと、言ってたような……言ってなかったような……」




