死の運命
フランシーヌは、ふらふらしている私の肩を優しく叩き、力強く言う。
「まずはわたくしが、会社をある程度の形にします。それから、お姉様にも色々動いてもらって、ローゼン家の人脈を活用させてもらいますわ。何事も適材適所であり、ことを成すには機――つまりタイミングが重要。ですからお姉様はその『機』が来るまで、英気を養っていてくださいまし」
商売の専門家にそう言われては、素人はもう、すっこむしかない。
私は頷き、「それじゃ、よろしく頼むわね」と言ってから、部屋を出た。
そして、クレメンザ邸を後にする。
外に出ると、眩しい太陽が目に飛び込んできて、私は思わず手で光を遮った。
季節は六月半ば。
日本と違って梅雨のないこの世界では、今の時期でもかなり日差しが強い。
帽子かサングラスでも持ってくればよかったかな。
確か、昔テレビで、六月の紫外線は真夏に負けないくらい強いから、早めの対策が重要って言ってたもんね。まあ、ちょっと歩けばすぐうちに帰れるんだし、あんまり神経質になることもないか。
そんなことを思いながら、私は石畳の上を歩いて行く。
さて、まだ時刻はお昼前だ。職業安定所設立について、もっと長い話し合いになるかと覚悟してたのに、随分と時間が余ってしまった。
……これからどうしよう。
とにもかくにも、フランシーヌを味方にすることには成功したのだし、あとはのんびり過ごしてもいいわけだが、ここ最近、ずっと忙しく過ごしてきたので、いきなり半日以上自由な時間ができると、何していいか分からないわね。
その時、自分のお腹が、はしたなくも「くうぅ」と音を立てた。
結構大きな音だったので、私は頬を染め、周りを確認する。
よかった、誰もいない。
それにしても、たいした運動もしてないのに、随分とお腹がすいている。
あっ、そうか。
フランシーヌに『異世界転生』について説明するのに、鈍い頭をフル回転させて、いつも以上のエネルギーを使ったからだ。
よし。
これからのことは、とりあえず屋敷に帰って、お昼ご飯を食べてから考えよう。
そう決意すると、空腹にいてもたってもいられなくなった私は、小走りに石畳の上を駆けだした。
だが、それが良くなかった。
私はすっかり忘れていた。
ハイヒールで石畳の上を走ると、もの凄く転びやすいことを。
「あっ!? おっ!? あっ!? ああぁぁぁーっ!?」
ヒールの最下部――トップリフトが、石畳の溝にはまり、走り出した勢いそのままに足を取られ、私は思いっきりバランスを崩した。
結果、正面からずっこけ、このままでは頑強な石畳に、顔面から突っ込むことになってしまう。
やばい。
これはやばいわよ。
この勢いで地面と顔面が激突したら、恐らく――いや間違いなく前歯全損。
それに、鼻の骨折も避けられないだろう。
いや、それどころか、もしかしたら死んじゃうんじゃないの?
そうだ、たぶんそれが、一番確率が高い。
だって私、凄い勢いで転んじゃったんだもの。
ああ。
嘘でしょ。
せっかく、少しずつ運命が良い方向に転がりだし、これからだっていうのに。
やっぱり、ミリアムに課せられた死の運命からは、逃れられないのかしら。い、いや、今のは、私の不注意が全面的に悪いのかもしれないけど。