ハッタリ
私はいつも通りのミリアムを演じ、「ふん」と高慢に鼻を鳴らして、話を続ける。
「どうして私が、何年間も魔法を使っていないか、わかる?」
「し、知るかよ、そんなもん」
やや動揺した様子のベンを見て、内心に小さな愉悦が生まれた。
いいよいいよ。
びびってるびびってる。
これなら本当に、うまくいっちゃうかも。
「私の魔法はね、危ないのよ、すっごく。だから、むやみやたらに死人を出さないために、固い意志で封印してたの。いくら私でも、一般市民を何十人も殺しちゃったら、罪をもみ消したりできないもの。……でも、あなたたちなら、話は別。なんたって、凶悪な盗賊団ですものね。むしろまとめて始末したら、国王様から感謝状を貰えたりして」
そう言って、私は盗賊たちを見下し、ケラケラと笑う。
あっ、まずいな。
今の、ちょっと芝居臭かったかも。
だが、そんな私の心配は杞憂だったようで、盗賊たちの中には、じりじりと後退を始めている者もいた。
彼らは、臆病でも愚かでもなく、むしろ賢い。
恐らく、多くの実戦経験で、身をもって知っているのだ。
ハイレベルな魔法使いの駆使する魔法が、どれだけ恐ろしいものかを。
だから、私の話の真偽は別として、とりあえず距離をとったのだろう。
まあ、半分くらいは、私の言うことを信じ始めているって感じかな。
個人個人の使える魔法には、その人の性格が大きく影響する(優しいエッダが、治癒魔法を使えるように)から、悪逆非道で有名なミリアムなら、恐ろしく邪悪な魔法を使ってきてもおかしくないって思ってるのね、たぶん。
ようし、今こそ『あやしい液体』を使う絶好のタイミングね。
一気に畳みかけてやる。
私は集中し、手に持った水差し――その中を満たしている『あやしい液体』に、魔力で働きかける。
すると、水差しの口から、毒々しい緑色の煙が、モワモワと溢れ出した。
……私の『煙魔法』は、基本的には無味無臭だが、材料として使う水の材質により、色と匂いが大きく変わる。先ほどたっぷり香水と薬草を入れたため、思った以上にヤバそうな雰囲気の煙になった。
盗賊たちは慌てふためき、口々に喚いている。
「おい、何か出したぞ」
「あれ、ガスか?」
「毒々しい色と、甘い匂い……まさか、神経系の毒ガス?」
神経系の毒ガス。
そのフレーズ、いいわね。
せっかくだから使わせてもらうわ。
「その通りよ。これは、私が魔法で発生させた、神経系の毒ガスよ。吸い込むのはもちろん、触れるだけでもタダじゃすまないわ」
ざわざわ……
どよどよ……
うふふ、慌ててる慌ててる。
自分のハッタリで、強面の男たちが焦ってる姿を見るのって、なんだかちょっと快感。
ただ、明らかに浮足立つ盗賊たちの中で、さすがと言うべきか、リーダー格の男とベンだけは、煙から一定の距離を保ちつつも冷静であり、順番に私へ質問を浴びせかけてくる。
まずは、リーダー格の男。
「あんたは、毒ガスを吸い込んでも大丈夫なのかい?」
「と、当然でしょ。科学じゃなくて、私の魔力で作ったガスなんだから」
「へえ、そうかい」
次に、ベン。
「そんな切り札があるなら、何故さっきは、少しも抵抗せずに、俺たちの言いなりになろうとしたんだ? 一気に魔法を発動させて、俺たちを皆殺しにしちまえばよかったじゃねぇか。それなのに、あれこれ交渉して、そこのメイドちゃんを逃がそうとしたりよ。あんたの行動、なんか変だぞ」
「わ、私はこう見えて慈悲深いの。盗賊にだって家族がいるだろうし、なるべくなら大量虐殺なんてしたくなかったの! だ、だいたい、私の毒ガスで、すぐ近くにいるエッダを巻き込んじゃったら、大変でしょ?」
「そうだな。で、そのエッダちゃんだけど、もうとっくに緑の煙に巻き込まれてるみたいだが」
「えっ!? 嘘っ!?」
ベンの言葉通り、うっすらではあるが、エッダの周囲をも緑のガスは包み込んでいた。
うぐぐ……私の『煙魔法』、コントロールできるのは、発生する量だけで、方向は指定できないのよね。だから、自然な風の流れで、私の背後にいるエッダの方にも煙がいっちゃったってわけね。
毒ガス(偽)に包まれたことで、エッダは不安そうな顔をしているが、このガスに溶け込んでいるのは薬草の成分なので、むしろ体に良いから心配は不要だ。
私は振り返り、小声で「大丈夫だから、私を信じて」と言い、顔を引き締めてベンに向き直る。
「しょ、少量なら、大丈夫なのよ!」
「さっき、『触れるだけでもタダじゃすまない』って言ってなかったか?」
ああ、もう!
いちいちなんなのよ!
男のくせに、細かいやつね!
でも、もうハッタリでごまかすのは限界かも。
まあ、偽の毒ガスで盗賊たちが全員逃げ出すとは、さすがに思っていなかったけどね。連中だって、相当なリスクを負って、私の誘拐計画を立てたわけだろうし。
これまでのやり取りで、私とエッダを取り囲む盗賊の包囲網にかなりの穴ができただけでも、よしとしよう。