理想のお姉様
ますますもって、何の話をしているのか分からない。
私にできるのは、曖昧な返事をすることだけだ。
夢見る瞳で『理想のお姉様像』について語ったフランシーヌは、うっとりとした視線を私に向けて、言う。
「その点、あなたはなかなか良い線いっていますわ。見た目は満点。優しいところもグッド。頭の間抜け具合もいいバランスですし、何より押し倒されただけでパニックになる純情さが芸術点高いですわ」
「はぁ……それはどうも…………今『間抜け』って言わなかった?」
「気のせいですわ」
それから、フランシーヌはどこか値踏みするような目で、じっとりと私を見て、何かを決意したように立ち上がった。
「よし、決めましたわ。これからわたくし、あなたのことを『お姉様』とお呼びいたしますわ」
「えっ、なんで……? 意味わかんなくて怖いんだけど……」
「何言ってますの? 今までの説明で、だいたいわかるでしょう?」
「今までの説明って、あなたが『理想のお姉様像』について語ってただけじゃない! それで意味がわかったらエスパーでしょ!」
喚いた私を見て、フランシーヌはやれやれと肩をすくめる。
「もう、分かりましたから、きゃんきゃん吠えないでくださいまし。ちゃんと順を追って説明しますわ」
「べ、別にきゃんきゃんは吠えてないもん……」
「簡潔に言うと、あなたに対する正式な呼び名が必要だってことですわ」
正式な呼び名?
どういう意味だろう。
不思議そうに首を傾げた私に、フランシーヌは滔々と説明を続ける。
「これからは共に事業を行うパートナーとなるのですから、いつまでも『あなたあなた』と他人行儀な呼び方はしていられませんわ。ですけど、『本来のミリアム様』とは別人のあなたを『ミリアム様』と呼ぶのは、わたくし、少々抵抗がありますの」
「どうしてよ? 普通に『ミリアム』って呼んでくれればいいじゃない。人格は別だけど、私もミリアムであることには違いないんだし、問題ないでしょ?」
「問題大ありですわ。わたくし、先程までのやり取りで、あなたにはそれなりに好感を覚えていますから、『ミリアム』なんて大嫌いな人間の名前で呼びたくないんですの」
「そ、そうなの……まあ、私を好きになってくれたのは嬉しいわ。でも、なんで『お姉様』なの?」
「だから、それについては長々と説明したでしょう? わたくし、ずっと『理想のお姉様』が欲しかったんですのよ。あなたはその理想に限りなく近い存在ですわ。これはもう、お姉様になってもらうしかないでしょう?」
「どんな理屈よ……」
飛躍した理論にほとほと呆れるが、フランシーヌが私のことを『ミリアム』と呼びたくないのなら、まあ、そう呼んでもらうしかないか。
フランシーヌの言う通り、いつまでも『あなた』呼ばわりでは信頼関係が深まらない気がするし、名前じゃなくて、『おい』とか『なあ』って呼ばれるのも、なんか嫌だもんね。
私は、一度だけ「はぁ」とため息を漏らすと、ささやかな笑みを作って、言う。
「まっ、あなたの呼びたいように呼んでくれればいいわ。これから一緒に会社をやってく仲間だものね」
「うふふ、理解していただけて嬉しいですわ、お姉様。……ああ、『お姉様』って呼ぶの、やっぱりいい感じですわ。なんだかゾクゾクッて、心が震えるよう……♥」




