ふたつの記憶
「ああ、そういうこと。……正直言って、ハッキリしないの。もの凄く具体的な記憶もあれば、あやふやな幻みたいで、どんなに思い出そうとしても無理な記憶もあって、自分の名前とか、家族のことについては、まるでモヤがかかったみたいに分からないのよ」
本当のことだった。
今、私の頭の中には、『転生前の私の記憶』と、『本来のミリアムの記憶』が混在しており、そのせいで、どちらの記憶も、古い部分や細かい部分がぼやけてしまうのだ。
これはきっと、一人の人間の心に、二人分の記憶が存在するというイレギュラーな状態の弊害なのだろう。もっとも、私の記憶が目覚めなければ、破滅の未来に向かって一直線だったのだから、文句も言えないのだが。
「そうなんですの。大切な家族のことを思い出せないのは、つらいですわね……」
おや、と思う。
私をからかってばかりだったフランシーヌの顔に、かすかな憐れみが浮かんだからだ。……私のこと、かわいそうだと思ってくれてるのかな。案外、優しいところもあるのね。
私はつい先程フランシーヌがそうしたように、首を左右に振ってから口を開く。
「ううん。逆に、ハッキリしなくて良かったと思う。……だって、もう二度と会えないのに、お父さんやお母さん……それに妹の顔を思い出しちゃったら、きっと、凄く寂しくて、悲しいと思うから……」
フランシーヌは瞳を閉じ、「そうかもしれませんわね」と、静かに頷いてから、言葉を続ける。
「今、ごく自然に『妹の顔』って言葉が出てきたってことは、転生前のあなたの家族は、父、母、妹、そしてあなたの、四人構成だったのかもしれませんわね」
言われて、初めて気がついた。
もしかしたら、そうなのかもしれない。
それにしてもこのフランシーヌ、細かいところに、色々と気がつく子だ。
私は感心しながら、返事をした。
「まあ、そうかもね」
それからフランシーヌは、何かを考えこむように、ここではないどこかを見つめ、黙り込む。十秒ほどしてから、彼女は再び口を開いた。
「……あなた、こっちの世界でも妹が欲しいとか、思いません?」
「は?」
まったく、予想もしていない言葉だった。
私は少々困惑しつつも、思った通りに答える。
「それって、どういう意味? 姉妹が増えたら嬉しいかってこと? えっと、まあ、別に、新しく妹が生まれてもいいとは思うけど……」
ところがフランシーヌは、『私がどう答えるか』についてはそもそも関心がなかったようで、私の言葉を遮るように、自分のことを語り始めた。
「わたくし、前々からお姉様が欲しかったんですの……でも、なかなか『理想のお姉様』って、いないんですのよ……」
いったい何の話だ。
私は首を傾げ、フランシーヌが続きを話すのを待つ。
「お姉様って、いいですわよね……優しくて、包容力があって、少々抜けてるくらいがベストですわ……クール系で、凛々しいお姉様が好きって人も多いですけど、わたくしとはちょっと趣味が合いませんわね」
「は、はぁ……そうなの……」
「わたくしがお姉様に求めるのは、ある種の母性と共に、どこか庇護欲をくすぐられるような純情さですわ……このバランスが非常に難しくて、母性が強すぎると、姉というより母になってしまいますし、逆に『絶対に庇護しなければ!』と思わせすぎるほど頼りないと、それはもはや姉ではなく妹ですわ。わかります?」
「ご、ごめん……よくわかんない……」