必ず成功しますわ
商売人というのは、ただでさえ敵を作りやすいものだが、最近のクレメンザ氏は、高利貸しみたいなこともするようになり、かなり強引な商いをしているので、平民たちからすこぶる評判が悪い。
「わたくしのお父様は、今よりさらに力をつけ、いずれはこの『聖都フォーディン』の政治権力を握る立場を目指していますの。ですから、まあ、上級貴族たちに疎まれるのは仕方ないとしても、平民からの支持をこれ以上失うのは避けたいのですわ」
「はぁ、そうなの。……それが、職業安定所設立と、何の関係があるの?」
フランシーヌは、チッチッチと舌を鳴らし、人差し指を左右に振った。
「大勢の平民のためになる職業安定所は、言ってみれば大規模な『奉仕事業』ですわ。まさに、我がクレメンザ家が、平民のために活動する『良心的商家』であることを印象づけるには、ピッタリの善行。おまけに、ローゼン家と共同で事業を行うことで、上級貴族との結びつきも強くなり、一石二鳥ですの。この話に乗らない手はありませんわ」
なるほど。
もの凄く打算的だが、このフランシーヌの場合、『損得抜きで協力する』と言われるより、野心丸出しで動いている方がむしろ安心できる。
でもなあ……
いまさら言うのもなんだけど、この子を味方にするの、なんかやだなあ……
また、さっきみたいにからかわれそうだし……
私の躊躇するような表情を見ただけで、聡いフランシーヌは何を考えているのか理解したのだろう。すっと立ち上がり、スカートの両端をつまんで恭しくお辞儀をすると、丁寧な謝罪の言葉を述べる。
「先程は、大変ご無礼仕りました。愚かな小娘の戯れと思い、どうか、お許しください。……今回の『職業安定所設立』、正式に、クレメンザ家とローゼン家の共同事業として、進めていきたいと思いますの。ローゼン家の人脈と、クレメンザ家の実務能力が合わされば、この事業、必ず成功しますわ」
この事業、必ず成功する――
自信に溢れた、頼もしい言葉だった。
そこまで言われては、もはや断ることなどできない。
そもそも、私だけの力じゃ無理だから、フランシーヌに相談しに来たんだしね。
私は、おずおずと唇を開き、言う。
「わかったわ。一緒にやりましょう。でも……」
「でも?」
「ま、またさっきみたいに私をからかったら、怒るからねっ」
むすっと膨れた私を見て、フランシーヌは笑った。
「あらあら、あなた、けっこう根に持つタイプですのね。あんなの、ただのスキンシップじゃありませんの。ちょっと純情すぎませんこと?」
「当然でしょ! 私、あんな、押し倒されるなんて、誰にもされたことないんだから!」
プンプン怒る私とは正反対に、フランシーヌは実に上機嫌だ。
「うふふ、あなた、初心で、純情で、とっても可愛いのね。わたくし、あなたみたいな人、好きよ」
「それはどうも!」
フランシーヌはぽふっとソファに座り、体を折り曲げると、両手で頬杖をついて、私を見つめた。それから、ポツリと言う。
「……ねえ、あなた、兄弟はいるの?」
「なに? 急に? お兄様がいるわ。カスティールお兄様。あなたも知ってるでしょ?」
フランシーヌは、首を左右に振った。
「違いますわ。この世界のことじゃなくて、あなたが転生する前の世界でのことを聞いていますの」