変な趣味
……が、離れない。
フランシーヌは、私の顎を掴むようにして、やや強引に、自分の方に顔を向けさせた。その、小柄な体には似つかわしくない腕力に、私はますます怯え、弱々しい声を発してしまう。
「やっ、フランシーヌ、離して……っ」
だが、そんな私の態度が、より一層フランシーヌの感情を揺さぶったらしく、彼女は「はぅ……」と、どこか官能的な吐息を漏らし、ニタリと笑った。
「あらあら……なんて可愛い声を出すのかしら。わたくし、ミリアム様の強気な顔しか見たことがありませんでしたから、そんなふうに怯えられると、なんだか、変な趣味に目覚めてしまいそうですわ……」
フランシーヌは頬を上気させ、うっとりとした調子でそう言うと、私をソファに押し倒した。先ほど、顎を掴まれた時も思ったが、凄い腕力だ。とても太刀打ちできない。
嘘。
この子、いったい何をするつもりなの?
こんなとき、どうすればいいのかわからない。
まったく予想もしていなかった事態に驚き、大声を出すこともできない。
軽いパニックに陥ってしまった私は、身を硬くして、ぎゅっと瞳を閉じた。
数秒して、何か、くぐもった声が聞こえてくる。
……これ、もしかして、笑い声?
ゆっくりと目を開くと、フランシーヌはもう私から体を離し、口に手を当てて、笑っていた。
「うふふ、ごめんなさい。ちょっとからかっただけなのですけど、本気で怖がらせてしまったかしら? あはははっ」
間抜けなピエロでも見るようにくすくすと笑い続けるフランシーヌを見て、猛烈な羞恥心と共に、カッと怒りが湧いてきた。私は顔を赤くして立ち上がり、襟元を正すと、別れの挨拶すらせずに、部屋を出ようとする。
その背中に、フランシーヌが声をかけてきた。
「あら、もうお帰りですの? 職業安定所設立について、詳しい話は、しなくてもいいのかしら?」
私は振り返り、プンスカと怒りながら言う。
「だってあなた、私をからかってばかりで、事業を手伝ってくれる気なんて、最初からないんでしょ? 今までの態度でよくわかったわよ! だから、これ以上意地悪される前に帰るの! さようなら! もう二度と来ないわ!」
頭にくるのと恥ずかしいのが合わさって、途中から、ヒステリックに上ずった叫び声になってしまった。それがより一層間抜けで面白かったのか、フランシーヌはケラケラ笑いながら、言葉を返してくる。
「あらあら、残念ですわ。わたくし、全面的にあなたの事業をお手伝いする気でしたのに」
「……本当に?」
私は眉をひそめながら、猜疑心たっぷりに尋ねた。
「ええ、もちろんですわ。職業安定所設立は、我がクレメンザ家にとっても、大いにメリットのあるお話ですから」
フランシーヌは笑顔だが、目は真剣だ。
しかし、散々からかわれた後なので、イマイチ彼女のことを信用できない。
そんな私の内心を悟ったのか、フランシーヌはくすくす笑って、言葉を続ける。
「実を言いますと、我がクレメンザ家は、今、あまり立場がよくありませんの。……上級貴族からは『成り上がり者』と疎まれ、平民たちからは『あこぎな悪徳商人』と妬みを買い、支持者がどんどん減っているのですわ。あなたもご存じでしょう?」
私は頷いた。
「一応、噂くらいは……」