都合の良い玩具
そこでやっと、私の心も落ち着き、言葉を返す。
「そ、そうなの。……あの、なんでそんな話を、私にするの?」
フランシーヌは、くすくすと笑った。
「うふふ、自分の手柄って、誰かに語りたくなるものでしょう? わたくし、馬鹿な公爵令嬢に取り入って、まんまと成り上がることに成功した話を、いつか人に話して聞かせたいと、常々思っていましたの」
「…………」
「でも万が一、本来のミリアム様のお耳に入ったら大変ですから、これまで誰にも話せなかったのですわ。だから、今日は言いたかったことが言えて、とっても良い気分ですわ♪ はぁ……何年間もいけ好かない馬鹿女のヨイショを続けてきた苦労が、スゥっと消えていくようですわ。今晩はパーティーでも開こうかしら♪」
私は、なんだか複雑な気持ちで、ポツリと言う。
「……あなた、そんなにミリアムのことが嫌いだったの?」
フランシーヌは、きょとんとした顔で、答えた。
「あの傲慢女を好きな人なんて、この世にいますの? 一言目には自慢話。二言目には他人の悪口。平然と人を見下し、少しでも思い通りにいかないことがあれば、すぐに癇癪を起こす。……まったく、あれはまるで、人間の形をした『害悪』そのものですわ。あなたの人格が目覚めたことで、あの女の人格が消えたのは、きっと天罰でしょうね。おほほほ」
「で、でも、ミリアムは、あなたのことは可愛がってたじゃない」
「自分を良い気分にさせてくれる『都合の良い玩具』としてね。ミリアム様は飽きっぽいですし、他に面白い玩具が見つかれば、すぐに寵愛の対象は変わりますわ。この4年間、取り巻きのトップであり続けるために、どれだけわたくしが苦労したことか……」
「だけど、4年間ミリアムと過ごした中で、少しは楽しい思い出もあるでしょう?」
小さな顎にちょこんと指を当て、ぼおっと部屋の天井を見るフランシーヌ。
ミリアムと一緒に過ごした日々を、思い返してくれているのだろうか。
「さあ、どうでしょうか? わたくし、ミリアム様のご機嫌を取るために、しょっちゅう演技で笑っていたので、何が本当に楽しくて、何が楽しくなかったか、イマイチはっきりしませんの」
「じゃ、じゃあ、ちょっとは楽しいこともあったってことじゃない?」
「あなたがそう思いたいなら、そう思ってもらっても構いませんけど、ハッキリ言えることは、わたくしはもう二度とミリアム様に会わずに済むので、今、とても幸せな気分だってことですわ。悲しみや寂しさは、これっぽっちもない。……少しでも楽しい思い出がある相手がいなくなって、こんな気分になるかしら?」
「でも……それでも……ミリアムはたぶん、他の人よりはあなたのことを……」
なおも食い下がる私に、フランシーヌはやや眉をひそめた。
「さっきから、いったいなんなんですの? ミリアム様を擁護するようなことばかり言って。先ほどの『異世界転生』に関する説明を聞いた限りでは、あなたも悪役令嬢『ミリアム・ローゼン』に対して、かなりの悪感情を持っているようでしたけど」
フランシーヌの言うことはもっともだ。
私だって、ミリアムのことなんて嫌いだ。
でも……でも……
「それは……そうなんだけど……」
ミリアムが、一番の妹分だと思って可愛がっていたフランシーヌに、実際は心の底から見下され、軽蔑されていたと思うと、なんだか胸が締め付けられるような気持ちになる。