狐狼の瞳
その、半ば狂乱状態といってもいい笑いっぷりに、私は恐怖した。ピカピカに磨き上げられた窓に映った自分の顔を見ると、驚くほどに青ざめている。
フランシーヌは、たっぷり一分近くは笑い続けると、怯えた様子の私を見て、今までのけたたましい笑いとは違う、柔和な笑みを浮かべた。
「あらあら、これは失礼しました。わたくし、こう見えて笑い上戸ですの。あなたが素晴らしいニュースを伝えてくれたので、感情を抑えることができませんでしたわ。くっ、ぷくくっ、それしても、笑えるっ! くくくくっ!」
何とか口の中で笑いをかみ殺すようにしながらも、結局はこらえきれず、いまだに肩を震わせて笑い続けるフランシーヌ。私は彼女を恐れつつも、気になって、尋ねた。
「ほ、本当のミリアムがいなくなったことが、そんなに面白いの……?」
フランシーヌは、これまでで一番の、花のような笑顔を浮かべて答える。
「その通りですわ、異なる世界から来たお嬢さん。わたくし、あのクソったれ女が、心の底から嫌いでしたの。……あらやだ。わたくしとしたことが、汚い言葉を使ってしまいましたわ。おほほほ♪」
口元を押さえ、取り繕うように上品に笑ってから、フランシーヌは鋭い瞳で私を見た。
……まだ十代の少女が、何という目をするのだろう。
これは、幾度もの修羅場をくぐってきた、狐狼の瞳だ。
スラム街まで歩いて十分程度の立地にある『犬のしっぽ亭』には、時折、明らかに裏社会の人間としか思えない、凄味のあるお客がやって来る。今のフランシーヌの目は、彼らとそっくりだ。
そういえば、いつか『犬のしっぽ亭』に来た、ナイフ使いの女の人も、こんな目をしていたっけ。
私はもちろん、私の中にあるミリアムの記憶すら知らないフランシーヌの一面に、ただただ圧倒されていると、フランシーヌは上機嫌に、歌うように語り始めた。
「お父様が商人として成り上がるためには、どうしても上級貴族と関係を深め、連中の王政に対する発言力や人脈を利用し、ときには融資を引き出す必要がありましたの。しかし、いくら爵位を与えられたとはいえ、我がクレメンザ家は所詮平民出ですから、上級貴族とのつながりなど簡単に持てるはずがありません。……だからお父様は、わたくしをミリアム様に近づけたのですよ」
そこでフランシーヌは立ち上がり、窓辺へと歩いて行くと、日の光を浴び、昔を懐かしむように言う。
「もう、4年以上昔かしら、上級貴族に同年代の少女がいなかったこともあり、わたくしは簡単に、ミリアム様の遊び相手としてローゼン家に入り込むことができましたわ。……もっとも、『遊び相手』とは名ばかりで、実際は、馬鹿なお嬢様を持ち上げて良い気分にさせるためだけの、都合の良い玩具のような存在でしたけど」
ガチャ、と音がした。
フランシーヌが、窓を開けたのだ。
心地よい風が、スゥっと吹き込んできて、フランシーヌのツインテールを軽く揺らした。
「まあ、『都合の良い存在』はお互い様ですけどね。わたくしはミリアム様に取り入り、彼女のお気に入りとなることで、都合よくローゼン家の発言力や人脈を利用しましたわ。結果、我がクレメンザ家は見る見るうちに成り上がり、爵位としては程度の低い『男爵』という立場でありながら、こうして上級貴族たちの住まう特別区に、邸宅を構えるまでになったというわけですわ」




