疑念
私は話を総括するように咳払いし、フランシーヌに向き直って、言う。
「……とまあ、そういうわけなのよ。町の人たちの悩みを解決して、皆の信頼を得るためにも、あなたに『職業安定所』を作る手伝いをしてほしいの。必要なものは何でもそろえるから、お願いできるかしら?」
それから、小さく頭を下げる。
一秒……二秒……三秒経過して、頭を上げるが、フランシーヌは何も言わず、先程と全く同じ訝しげな視線で、私を眺めていた。
沈黙に耐えきれず、私は首をかしげて問いかける。
「あ、あの、フランシーヌ、どうかした? 私、何か、あなたを怒らせるようなこと、言っちゃったかしら?」
その問いで、何かに迷い、こちらを値踏みするようであったフランシーヌの瞳が、驚くほど鋭く細められた。……まるで、狐の瞳だ。彼女は疑心の塊のような目つきで私を見据え、やっとのことで口を開いた。
「ミリアム様、もしかして、わたくしをからかっていますの?」
静かで、落ち着いた声色。
しかし、その内側に、何か『怖いもの』が含まれているような気がして、私は思わずたじろいでしまう。
「からかうだなんて、そんな……私は真剣よ。冗談は好きだけど、こんなことで、ふざけたりしないわ」
「そうでしょうね。ミリアム様の、先程からの真剣な話しぶりを見れば、ふざけてないのはすぐにわかりますわ。……だからこそ、不思議で仕方ありませんの」
「不思議って、何が?」
私の問いに、フランシーヌは「ふん」と鼻を鳴らしてから答える。今の彼女には、もう『激甘妹系キャラ』の雰囲気は、欠片もなかった。
「だって、そうでしょう? 『いつものミリアム様』なら、見下している平民たちのためになることをしようなんて、たとえ冗談でも言ったりしませんわ」
「そ、そうね。確かに昔の私なら、そうだったでしょうね」
「ええ。それと、何より不思議なのが、その口調。『いつものミリアム様』は、そんなふうに、温和な喋り方はしませんわ。もっと攻撃的で、常に人を威圧しているでしょう?」
流石はミリアムの取り巻きのリーダー格だ。
ミリアムのことを誰よりもよく知っている。
……ここは、私が『いつものミリアム様』ではなくなってしまった理由を、一応語っておくべきかな。まあ、『異世界転生』については説明する必要はないと思うから、転んで頭を打って、考え方が変わったということにしておこう。
射貫くような瞳でこちらを見てくるフランシーヌから、私は弱々しく目をそらし、少しずつ言葉を紡いでいく。
「私、ちょっと前に頭を打って、それで、生まれ変わったのよ。もうすっかり、心を入れ替えたの。……これからはみんなに愛される、『理想の公爵令嬢』になりたいのよ。だからお願い、力を貸して、フランシーヌ。この通りよ」
そこで私はもう一度、頭を下げた。
先程よりも深く、長く。
しばらくして頭を上げると、そこには、今までの疑い深い眼差しが嘘のように、ニコニコと笑顔を浮かべるフランシーヌがいた。
……良かった。
どうやら、私の想いが伝わったみたい。
そう思ったのもつかの間、フランシーヌはニコニコ笑顔のまま、今までで最も鋭い言葉を発する。
「今ので、疑念が確信に変わりましたわ。……あなた、ミリアム様じゃありませんわね」