フランシーヌ
私は、小さくため息を漏らす。
これから職業安定所設立のために力を貸してもらわなければならないのだが、あの子と話すの、疲れるのよね……
前世の記憶がよみがえり、『私』という人格が強くなる前の『本来のミリアム』は、フランシーヌのことを可愛がってたみたいだけど、私は正直言って、彼女のことが苦手だ。
乙女ゲーム『聖王国の幻想曲』本編のクライマックスで、没落したミリアムを鼻で笑って見捨てる冷徹さを知っているから……というのもあるが、それよりなにより、とにかく、その、相手をしていると疲れるのである。
まあ、百聞は一見に如かず。
今からやって来るフランシーヌを実際に見てもらえば、私の言っていることが分かっていただけると思います。
そして、客間のドアが勢い良く開いた。
開いたドアの隙間から、弾丸のように飛び出てきた『なにか』が、私の胸に飛び込んでくる。その『なにか』は、この家の外壁と同じくレモンイエローの髪をしており、縦ロールのツインテールをふるふると揺らして、甘ったるい猫撫で声を漏らした。
「ミリアム様ぁ~♥ お久しぶりでございますわ~♥ 最近、ちっとも遊んでくださらないから、わたくしぃ、寂しかったんですのよ~♥ ああ~ん♥ ミリアム様の香りぃ~♥ 今日もとっても素敵ですわ~♥」
ふぅ。
これよ。
これこれ。
この、わざとらしい甘えっぷりが、もの凄く疲れるのよ……
私は、縦ロールツインテールの『なにか』……いえ、フランシーヌの小柄な体を引き離しながら、そっけない言葉を返す。
「ごめんね、最近忙しかったから」
「いえいえそんなぁ~♥ こうして会いに来てくださっただけで、わたくし、もう天にも昇る気持ちですわぁ~♥ さあ、今日は何をして遊びましょう? 召し使いに申しつけて、どんなゲームでも用意させますわ~♥」
「その前に、フランシーヌ、ちょっといいかしら?」
「なんでしょう~♥」
「その、チョコレートにメープルシロップをぶっかけたような甘ったるい声で喋るの、やめてもらってもいい? もっと普通に話してよ。落ち着かないわ」
「わかりましたわ。これでいかがでしょう?」
即座に、フランシーヌの声色が変わった。
落ち着いて、スッキリとした口調は、つい先程までと同一人物とは思えない。
そしてフランシーヌは、今まで顔を埋めていた私の胸から離れると、適度な間をあけて隣に座った。……恐らく、私がフランシーヌの『激甘妹系キャラ』を好ましく思っていないことに、気がついたのだろう。
それにしても、なんという切り替えの早さだ。
やっぱりこの子、本当は凄く賢いのかもしれない。
頭の中で、昨日ヒルデガードが言っていた『フランシーヌ様は、相当な切れ者ですよ』という台詞が再生された。
黙り込んでしまった私を見て、フランシーヌは上品に首を傾げ、微笑を浮かべる。
「ミリアム様、いかがなさいましたか? わたくしの顔に、何かついています?」
彼女のキャラのあまりの変わりぶりにたじろぎつつも、私は咳払いし、今日ここに来た目的を話した。フランシーヌは時折「ふんふん」と頷きながら、私の話に耳を傾け、すべての説明が終わると、「そうですの」と言い、少々訝しげな視線を私に向けてきた。




