セレス特別区
「できますよ。大人と子供ほどの実力差があれば」
「ふぐぐ……じゃあヒルデガードは、本当のフランシーヌは、凄く頭が良いって言うわけ?」
「その通りです。あの小娘……いえ、フランシーヌ様は、相当な切れ者ですよ。事業設立の手伝いをさせるのは結構ですが、決して心の底から気を許したりしないように、ご注意ください」
ギラリと目を光らせ、そう言い切るヒルデガード。
そうかなぁ……
あのフランシーヌが、そんなに賢いなんて、どうしても信じられない。
私は目を閉じ、しばらく会っていないフランシーヌのことを思いだそうとする。
すぐに浮かんだのは、卑屈かつ知性を感じさせない笑みで拍手をし、私をヨイショしている姿だった。
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翌日。
私は久しぶりに『町娘のミリア』ではなく『公爵令嬢ミリアム』として屋敷を出た。フランシーヌに会いに行くためだ。
青空には燦燦と太陽が輝き、とても良い天気である。新しいことを始めようとしている私を、まるで空が祝福してくれているかのようだ。
そんなことを考えながら意気揚々と歩いていると、思わず転びそうになる。
「おっとっと……危ない危ない。ドレスとハイヒールで石畳の上を歩くのって、やっぱりバランスとりにくいわね。最近ずっと、動きやすい平民の服と革靴だったから、気をつけないと足首を捻っちゃいそうだわ」
……今からでも屋敷に戻って、靴だけでも替えてこようかな。
一瞬迷ったが、結局私は、そのまま歩き続けることにした。
うちの屋敷も、フランシーヌの邸宅も、選ばれた上級貴族だけが暮らすことのできる『セレス特別区』にある――つまりはご近所さんなので、十五分も歩けば、すぐに到着できる。もう半分は来ているのに、今更屋敷に戻るのはちょっと面倒だもんね。
……商人の娘であるフランシーヌが、どうして上級貴族たちの住まう特別区で生活することができるのかと言うと、彼女の父親である豪商『エルコーレ・クレメンザ』氏が、圧倒的なお金の力で、並の貴族以上の地位を手に入れたからだ。
貿易や不動産取引で大きな財を成した彼は、国庫に目玉が飛び出るほどの大金を寄付し、その見返りとして、平民でありながら爵位を授かり、貴族たちにも引けを取らない立場となったのである。
さて、クレメンザ氏のことを説明しているうちに、フランシーヌのうちに到着だ。
「何度見ても、派手なおうちねぇ……」
屋根も、壁も、レモンイエローで統一されたハデハデな豪邸を見上げ、私は感心半分、呆れ半分といった感じで、誰に言うでもなく呟いた。
周囲の邸宅が皆、白を基調とした落ち着いた雰囲気の家なので、クレメンザ邸だけ、場違いなほど目立っている。レモンイエローの外壁が、太陽の光を受けてますます輝き、まるで目に突き刺さるようだ。
私は眩しさに半分目を閉じ、クレメンザ邸の門番さんに声をかけてから、中に入った。
豪商であるクレメンザ氏には敵も多いので、門の前には4人もの厳つい門番さんがいたが、フランシーヌの友人である私は顔パスである。
メイドさんによって客間に通され、ソファに座って数分待っていると、トトトトトッと、小動物が小走りに駆けてくるような音が聞こえてきた。
この、急いで来たことを殊更にアピールするようなわざとらしい足音。間違いなくフランシーヌのものだ。