商売のスペシャリスト
ふぐぐ……この毒舌メイドめ。
最近は、前に比べてすっかり優しくなったけど、時々こうして私をいじめて楽しむのよね。
ヒルデガードはコホンと咳ばらいをし、襟を正すと、話を元に戻す。
「とにかく、本気で職業安定所設立を考えておられるなら、誰か、商売に詳しい方をブレーンにしなければならないでしょう。何より、役所に対して登記等もしなければいけませんから、専門知識を持つ人は不可欠です」
「な、なるほどね。確かに、高い専門知識を持つ有能なパートナーは絶対に必要だわ。でも、そんな人、私の知り合いにいたかしら……」
腕を組み、うんうんと唸っていると、ヒルデガードが事も無げに言う。
「何をそんなに悩む必要があるのですか? いるじゃないですか、一人。商売のスペシャリストが」
「えっ、誰? 私、そんな凄い人、知らないけど……」
「ほら、あの方ですよ、ミリアム様の取り巻きの一人の、えっと……名前、なんでしたっけ? 成り上がりの商人の娘で、成金丸出しの、馬鹿みたいな縦ロールの髪型をした……」
「ああ、フランシーヌのことね。……馬鹿みたいな縦ロールって、あなた、ほんとに口が悪いわね……」
フランシーヌとは、ヒルデガードがいま述べた通り、ミリアムの取り巻きの一人であり、乙女ゲーム『聖王国の幻想曲』本編でも、事あるごとにミリアムをヨイショするために現れるので、割と記憶に残るサブキャラクターである。
「そうそう、フランシーヌ様でした。あの方はミリアム様の犬同然ですから、一声かければ、会社設立くらい、すぐに手伝ってくれると思いますよ。それこそ、忠犬気取りでね」
犬同然って。
忠犬気取りって。
そこまで言うか。
ヒルデガードの言葉には、隠すつもりもない敵意を感じる。
まあ、無理もないか。
ミリアムが増長した原因の一つが、取り巻きたちの過剰なヨイショだものね。
ミリアムにきちんとした教育をしようと努力していたヒルデガードからすれば、取り巻きのリーダー格であるフランシーヌは、まさに目の上のたんこぶであったことだろう。
フランシーヌの話をしているうちにイライラしてきたのか、ムスッとした様子のヒルデガードに苦笑しながら、私は言う。
「でも、商売のスペシャリストは、フランシーヌのお父さんであって、フランシーヌは別に、頭がいいってわけでもないんじゃないの? だってあの子、パズルでも、チェスでも、一度も私に勝ったことないのよ? まあ、そこそこ良い勝負になったこともあるけど、最終的には私の完全勝利で、いつも『ミリアム様にはかないませんわ~』って言うし」
ヒルデガードの整った鼻から、ほんの少し、呼気が漏れた。
それは、「ふん」と笑ったようにも、「ふう」と嘆いているようにも聞こえる、ささやかな吐息だった。
「あれは、わざとですよ」
「わざと?」
「何年か前に、一度、ミリアム様とフランシーヌ様がチェスをしているところを拝見しましたが、フランシーヌ様は完全に盤上の状況を把握していました。そして、適度に良い勝負を演じ、最後もごく自然な流れで負けることで、ミリアム様を良い気分にさせ、ご機嫌を取ろうとしたのです」
「そ、そんなぁ~! いくら私だって、相手がわざと手を抜いたら、すぐにわかるわよ! 適度に良い勝負を演じるなんて、できるわけないじゃない!」




