話がどんどん難しくなってきた
「そ、それくらい、どんとこいよ。私が間に入って、誠心誠意話をすれば、きっとどんな問題も解決できるはずだわ」
「何故、そう思うのです? 何か根拠はあるのですか?」
「こ、根拠は特にないけど。誠意はきっと伝わると思うし……」
ヒルデガードは、首を左右に振った。
「世の中には、タチの悪い労働者も雇用者も、星の数ほどいるのです。誠意だけではどうにもなりませんよ。……そうですね、最悪の事態に備えて、各種保険制度は作っておくべきでしょうね」
「はぁ、保険」
私は呆けた顔で、曖昧な声を出した。
参ったわね、話がどんどん難しくなってきたわ……
これまで、幼児が将来の夢を語るように『こんなかいしゃをつくるぞ!』と息巻いていたのが、急に現実的なレベルの話になってしまい、私の脳内CPUは早くも処理スピードが落ち、ぼんやりとしてきた。
そんな私の呆けぶりを知ってか知らずか、ヒルデガードは淡々と話を続ける。
「あとは、技術的に未熟な就業希望者に対して、職業訓練をおこなう施設も必要でしょう。また、職業安定所としての信頼を担保するために、労働者、雇用者共に詳細な面談を……ミリアム様、聞いておられますか?」
「あ、あー、うん、聞いてる聞いてる……聞いてるけど、なんか、あなたの話を聞いてると、ちゃんとした職業安定所を作るのって、もの凄く難しいことな気がしてきたわ。だから今まで、誰もやろうと思わなかったのね」
「そういうことですね。大きな責任が伴う上に、煩雑で、よほどの仲介料を取らなければ実入りも少ないですし、かなりの奉仕精神がなければ、とてもやってはいけませんから」
「『かなりの奉仕精神がなければ』かぁ。……逆に言えば、職業安定所を上手に運営すれば、町の人たちにも、私の奉仕精神が伝わるってことよね」
大変そうな課題が山積みで、気持ちが萎えかけたが、困難なことを成し遂げてこそ、人々の敬愛を勝ち取れるというもの。私は弱気を追い払うように自分の頬をピシャリと叩くと、立ち上がって宣言した。
「よし、明日から早速、『聖都フォーディン』初の職業安定所を作るために行動開始よ! ヒルデガード、これからも色々と具体的なアドバイスお願いね! 期待してるわよ!」
「期待していただいて申し訳ありませんが、それは無理です」
えぇ……
いきなり無理って……
なんでそんな、やる気の炎に冷や水を浴びせるようなこと言うかなぁ……
たった今入れた気合がぷしゅっと抜けてしまい、私は再び着席する。
そして、ちょっぴり非難がましい視線をヒルデガードに向け、ぶーぶーと文句を言った。
「な、なんで無理なの? あなた、私をからかって楽しんでない?」
「人聞きの悪いことを言わないでください。『無理』なことを、ただ素直に『無理』と申し上げただけです」
「だ、だから、なんで無理なのよぉ……」
「なんでも何も、私が職業安定所――と言うか、『事業設立』に対して述べられるアドバイスは、せいぜいが一般論程度のものであり、とてもではありませんが、具体的な進言などできないからですよ」
「で、でも、少なくとも私よりは、詳しい感じじゃない」
「先程述べた程度のことなら、世の中のほとんどの人が思いつきますよ。ミリアム様がアホすぎるだけです」
「アホ!? ねえ今、アホって言った!?」
「申し訳ありません。口が滑りました」