異世界初の職業安定所
そこで、ピーンときた。
私が、異世界初の『職業安定所』を作って、働きたい人と雇いたい人の仲介役になれば、皆幸せになるし、私の評判も良くなるはずだわ。
情報収集をしている間に、一ヶ月は瞬く間に過ぎ、『犬のしっぽ亭』を円満退社した私は、その日の夜、ヒルデガードの自室に行き、職業安定所開業の相談をした。
時刻は夜。
白いテーブルを挟むようにして、私とヒルデガードは向かい合い、座っている。
目の前には、ほんのりと香るアップルティーのカップ。
ヒルデガードが、わざわざ淹れてくれたものだ。
私は、そのアップルティーを一口飲んでから、職業安定所開業に対する熱い想いを一気にまくしたてた。
なんだか、話しているうちにどんどん気分が乗ってきて、一通りのことを喋り終えると、『これはもう絶対成功間違いなし!』という気分になった。
どんなことでもそうだが、頭の中だけでうじうじと考えているだけではなく、実際に言葉にするというのは大事である。一息に喋ったので、すっかり喉が渇いた私は、カップに残っていたアップルティーをグビグビ飲むと、『どうよ、このアイディア』と言わんばかりのドヤ顔をヒルデガードに向けた。
だが、自信満々の私とは正反対に、ヒルデガードは少々難しい顔で、静かに言う。
「職業安定所……ですか。なるほど、それは確かに人々のためになる施設です。上手くいけばミリアム様の評判もグッと良くなるでしょう」
「でしょでしょ!? 『犬のしっぽ亭』で働きながら、時間をかけてリサーチしたんだもん! 私ならきっと、皆の要望に沿った職業安定所が作れると思うのよね!」
鼻息荒く、ふんすと宣言する私を諫めるように、ヒルデガードは小さく息を吐いた。
「意欲が充分なのは素晴らしいですが、そう簡単にはいかないと思いますよ」
「えっ、なんで?」
「職業の斡旋――責任を持って、『働きたい人』と『雇いたい人』の仲立ちをするのは、なかなか大変なことですから」
「え~……そうかなぁ……? 職業の斡旋なんて、誰でもできそうじゃない? 労働力を必要としてる経営者から依頼を貰ってきて、適当に掲示板にでも貼っておけば、あとは働きたい人が勝手に来てくれる~……みたいな感じでさ」
「そんな、冒険者ギルドの依頼掲示板じゃないんですから……。だいたい、適当に仕事の紹介をする程度の施設なら、今でもそれなりにありますよ。でも、ミリアム様がおつくりになりたいのは、そんな簡易施設ではないのでしょう?」
私は両手を広げ、ちょっとだけ自分に酔いながら、声高に叫ぶ。
「その通り! ローゼン家の多彩な人脈を活かして、聖都フォーディンの労働問題を一挙に解決するような、前代未聞、空前絶後の素晴らしい施設を作りたいのよ! 文字通り、都の人たちの職業を『安定』させたいのよ! 私は!」
むふー!
いい感じにテンションが上がってるから、正直大声を出すのが楽しいわ!
「分かりましたから落ち着いてください。それならばなおさら、人と人の間を取り持つ立場の責任について、真剣に考えてもらわなければなりません」
「はぁ、責任。さっきも言ってたけど、あなた、責任って言葉、好きねぇ~」
「茶化さないでください。ぶちますよ」
「あっ、はい」
ぶたれたくなかったので、私は黙った。
「適当な職業紹介施設としてではなく、ミリアム様が言うような、『都の労働問題を一挙に解決する施設』として、労働者と雇用者の間に入る場合は、通常よりも大きな責任が発生し、アフターケアも大事になってくると思います。仕事の仲介だけして、それでおしまいというわけにはいかないでしょう」
「そういうものなの?」
「ええ。紹介した労働者が問題を起こした時には、仲介者として何らかの対応を迫られるでしょうし、逆に、雇用者が悪質な場合は、労働者の側に立って労働問題解決に動かねばなりません」