町の皆のためになること
私は、ゆったりと髪をとかし続けるエッダに、しみじみと言う。
「ねえ、エッダ。私って、本当に町の人たちに嫌われてるわよねぇ……」
「い、いえ、そのようなことは……」
ありませんよとエッダは言いたかったのだろうが、ごにょごにょと口ごもり、しまいには黙ってしまった。……適当な『気休め』を言っても、なんの慰めにもならないと気がついたのだろう。
それでも、気立ての良いエッダは、たとえ嘘でも『そのようなことはありませんよ』と言うべきだったかもしれないと思い悩んでいるようで、眉毛をハの字にして、なんとも決まりの悪い顔をしていた。
彼女の気真面目さに苦笑しながら、私はやや自嘲気味に言う。
「いいのよエッダ、気を使わなくて。これまでがこれまでだもの、仕方ないわ」
「ですが、今のミリアム様は、以前のミリアム様とはまったくの別人です。それを分かってもらえれば、きっと町の人たちも、ミリアム様のことを好きになってくれますよ」
ありがたいお言葉だ。
ならず者のおじさんにボロクソに言われた分、エッダの優しい気遣いが胸に染みる。
「町の人たちに、私が変わったことを分かってもらうには、どうすればいいと思う?」
エッダは私の髪を優しくとかしながら、しばし考えて、口を開く。
「ローゼン公爵閣下のご令嬢という立場を活かして、町の皆様のためになることをなさってはいかがでしょう?」
「ふむふむ、なるほど。具体的には、どんなことをしたらいいかな?」
そこで、エッダは黙ってしまった。
沈黙の中、スッ、スッという、ブラシが髪を梳く音だけが、部屋を満たしていく。
十秒ほど経った頃、エッダは重たい唇を開き、心苦しそうに言う。
「申し訳ありません……私の知識や経験では、どれだけ知恵を巡らせても、ミリアム様の問いに答えられそうにありません……本当に、申し訳ありません……っ」
その、あまりにも恐縮しきった声に、こっちの方が申し訳なくなる。
私は努めて明るい笑顔を作り、エッダに言葉を返した。
「そ、そんなに謝らなくてもいいってば。……そうだわ、明日、また『犬のしっぽ亭』に行くから、私、『町娘のミリア』として、お客さんたちに、色々と話を聞いてみるわ」
「酒場に集まる人々に、ミリアム様に関するお話を伺うのですか?」
私はふふんと鼻を鳴らし、名案を誇るように、ちょっぴり自慢げに言う。
「ノンノン、私が知りたいのは、いわゆる『平民』と呼ばれる人たちが、日々何を思い、特に、『どんなことに困っているか』についてよ。それを知れば、具体的に、町の皆のために何をすべきかが見えてくると思うのよね」
「なるほど、それは妙案ですね。さすがはミリアム様です」
「んふふ、もっと褒めてちょうだい♪」
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そんなわけで、翌日から私は、『犬のしっぽ亭』で働きながら、やって来るお客さんのほぼ全員に、『何か困っていることはないか』と、聞いて回った。
お客さんたちの悩みは、交際問題、金銭問題、健康問題と、実に多岐にわたっていたが、何より多かったのは『就労問題』だった。
……あれこれ話を聞いて、初めて知ったのだが、この都では、皆、『職探し』に非常に苦労しているらしい。人口自体はとても多いので、勤労意欲溢れる労働者も、彼らを雇いたい経営者も大勢いるのだが、職業安定所――いわゆるハローワーク的な施設がないので、どうにも、マッチングがうまくいかないようなのだ。




