私が許さない
フェリスは真っすぐ私を見上げ、甘く囁くように、語り続ける。
「それに、あなたの『好き』って気持ちは、決して言葉だけじゃなかった。お店で、何の役にも立たない私を何度も助けてくれたこと……世間知らずの私が、変な宿に入らないようにしてくれたこと……そして、あなたのお屋敷に泊めてもらえて、私を友達と呼んでくれたこと……どれも、決して忘れないわ」
そこで一度言葉を切り、フェリスは『もう目をそらさないで』とでも言うように私を見つめ、強く強く抱きしめると、頼もしさすら感じさせる声で、言う。
「あなたが町中の人に嫌われてても、悪人でも、そんなこと、どうでもいいの。だって私にとっては、あなたは世界で一番素敵な人なんだから。……だから、あなたを悪く言う人は、たとえ聖人でも、私が許さない。皆があなたを糾弾するというなら、私があなたの盾になるわ。ふふ、こんな小さな盾じゃ、役に立たないかもしれないけど、それでも、使い捨ての弾除けくらいにはなれると思うわ」
気がつくと、私の瞳からは、涙が溢れていた。
この子が、そこまで私のことを想ってくれていたなんて……
フェリスの好意に対し、何か気の利いた言葉を返したかったが、口から出るのは嗚咽だけで、まともに言葉を紡ぐことはできそうにない。
しばらくして、私の口からやっと出た言葉は、「うん……」という、たった一言の涙声だけだった。しかし、フェリスにはそれで、私の想いが伝わったらしく、彼女はもう何も言わずに、静かに私の背を撫で、慰めてくれた。
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その後、フェリスの下宿先まで一緒に歩いてから、「また明日」と別れの挨拶をして屋敷に帰った私は、お風呂に入り、ゆったりと一日の汗を流した。
そして今、自室の鏡台に向かい、エッダに髪をとかしてもらっている。
鏡に映るのは、自分でもだらしないと思うほどの、私のニヤケ顔。
エッダは私の肩越しに、それを見て、言う。
「今日は、とてもご機嫌なのですね。何か良いことでもあったのですか?」
「んふふ、まあね~♪」
そりゃもう、良いこと、ありましたとも。
私のエゴで、フェリスにずっと秘密にしていた『悪役令嬢ミリアムの過去』を告白したのに、フェリスはそれでも、私のことを『世界で一番素敵な人』だって言ってくれた。
こんなに嬉しいことはないわ……
何て言うか、二人の心と心、そして想いと想いが、これまで以上に通じ合ったって感じ。
ああ、今日は本当に良い日だわ。
気持ちが浮き立ち、口からは自然と鼻歌が出る。
私は、ニヤニヤと鏡を眺めながら、しばし「ふんふん♪」と鼻歌をうたい続けた。それはこの世界に転生する前、私がまだ、ごく普通の女の子だった頃に、日本で流行った歌だった。
おっと、いけないわ。
いつまでも浮かれてる場合じゃない。
酒場での、ならず者のおじさんとのひと騒動で、思い知らされたことがある。
今日まで、『理想の公爵令嬢』目指して一生懸命努力してきたわけだが、結局のところ、ミリアムの評判は少しも良くなっていないのだ。
……まあ、それも当然よね。
私個人としては精いっぱい頑張ったつもりだが、『公爵令嬢ミリアム』としてではなく、身分と名前を偽り、『町娘のミリア』となって酒場で働いてただけだもの。これでミリアムの評判が上がってたら、ある意味ホラーだ。