表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/121

幻滅したでしょ

 だから私は、その恐怖心を振り払うように、今しがた閉じたばかりの唇を再び開き、自分から話しかける。


「……幻滅したでしょ? あなたの前では、善人を気取って、あれこれいい恰好をしてたけど、今話したのが、本当の私の姿なのよ。もちろん、皆に好きになってもらえるように、変わろうとは思ってるけどね」


 自然と、自嘲的な笑みが口に浮かぶ。


 別に、おかしくて笑ってるわけではない。

 気まずくて、気まずくて、笑ってなきゃ、フェリスの顔を見ることすらできないのだ。


 フェリスの表情は、よくわからない。

 先ほども述べたが、新しい区長さんの徹底的費用削減政策のせいで、とにかく街灯がめちゃくちゃに暗いのだ。月明かりのないこんな日は、少し離れると、近くにいる人の顔すら見えなくなってしまう。


 ……いや、違うかな。

 フェリスの顔がよく見えないのは、私が、よく見ようとしていないからだ。


 もしも。

 もしも。

 フェリスに軽蔑の眼差しを向けられたら、私はきっと、この場から逃げ出したくなってしまう。


 だから、まともに彼女の方を見られないのだ。


 なんて弱い人間。

 こんなのが、『理想の公爵令嬢』を目指すなんて、ちゃんちゃらおかしくて、なんだか泣けてきたわ。


 私は鼻をすすり、まともに見てすらいないフェリスの顔から、とうとう本格的に目を背け、俯いてしまった。


 その時、黙っていたフェリスが口を開いた。


「……ねえ、ミリアム。『犬のしっぽ亭』で面接をした日に、あなたが私に言ってくれたこと、覚えてる?」


 急に、何を言い出すのだろう?

 面接のときは、突然フェリスと出会った驚きから、色々なことを言った気がするが、具体的には覚えていない。


 私が黙っていると、フェリスは「ふふ」と言った。

 どうやら、微笑んだらしい。


 それで私は、思い切って顔を上げ、フェリスの目を、真正面から見据えた。

 彼女は、今までと何も変わらない、愛情のこもった瞳で私を見つめ、静かに、優しく、言葉を続ける。


「あなた、私に『大好き』って言ってくれたのよ。私、今まで生きてきて、人に『好き』って言われたの、あれが初めてだった。驚いて、恥ずかしくて、困りもしたけど、それでも、凄く嬉しかった。いつも嫌われて、疎まれて、馬鹿にされてきたから、ただの言葉でも、『好き』って言ってもらえたのが、本当に嬉しかったの……」


 ……いつも嫌われて、疎まれて、馬鹿にされてきた?

 この、可愛らしくて、努力家で、優しいフェリスが?


 乙女ゲーム『聖王国の幻想曲ファンタジア』本編で知ることのできるフェリスの情報では、そんな設定はないはずだが、フェリス自身がそう言うのだから、きっとそうなのだろう。


 思いがけない情報に、少々困惑する私。

 そんな私を、フェリスは抱きしめた。


 季節は五月の初旬。

 暦の上だと初夏ではあるが、それでも、風のある夜だと、まだちょっぴり肌寒い。


 だから、フェリスの体の温もりが、とても心地よかった。

 私は自然と、彼女の背に手を回し、抱きしめ返していた。


 路上で、年若い少女が抱き合う姿は、本来ならかなり人目を引くだろうが、経費削減によりパワーダウンした街灯の光では、満足に私たちを照らすことはできず、私とフェリスの姿は、夜の闇に紛れるようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] えぇ、フェリスさんが嫌われてきたのか!? 乙女ゲーム知識、やっぱり現実に成ったら当てにならないですね。 フェリスさんに嫌われなくて、本当に良かったですね!百合百合は素敵です〜
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ