幻滅したでしょ
だから私は、その恐怖心を振り払うように、今しがた閉じたばかりの唇を再び開き、自分から話しかける。
「……幻滅したでしょ? あなたの前では、善人を気取って、あれこれいい恰好をしてたけど、今話したのが、本当の私の姿なのよ。もちろん、皆に好きになってもらえるように、変わろうとは思ってるけどね」
自然と、自嘲的な笑みが口に浮かぶ。
別に、おかしくて笑ってるわけではない。
気まずくて、気まずくて、笑ってなきゃ、フェリスの顔を見ることすらできないのだ。
フェリスの表情は、よくわからない。
先ほども述べたが、新しい区長さんの徹底的費用削減政策のせいで、とにかく街灯がめちゃくちゃに暗いのだ。月明かりのないこんな日は、少し離れると、近くにいる人の顔すら見えなくなってしまう。
……いや、違うかな。
フェリスの顔がよく見えないのは、私が、よく見ようとしていないからだ。
もしも。
もしも。
フェリスに軽蔑の眼差しを向けられたら、私はきっと、この場から逃げ出したくなってしまう。
だから、まともに彼女の方を見られないのだ。
なんて弱い人間。
こんなのが、『理想の公爵令嬢』を目指すなんて、ちゃんちゃらおかしくて、なんだか泣けてきたわ。
私は鼻をすすり、まともに見てすらいないフェリスの顔から、とうとう本格的に目を背け、俯いてしまった。
その時、黙っていたフェリスが口を開いた。
「……ねえ、ミリアム。『犬のしっぽ亭』で面接をした日に、あなたが私に言ってくれたこと、覚えてる?」
急に、何を言い出すのだろう?
面接のときは、突然フェリスと出会った驚きから、色々なことを言った気がするが、具体的には覚えていない。
私が黙っていると、フェリスは「ふふ」と言った。
どうやら、微笑んだらしい。
それで私は、思い切って顔を上げ、フェリスの目を、真正面から見据えた。
彼女は、今までと何も変わらない、愛情のこもった瞳で私を見つめ、静かに、優しく、言葉を続ける。
「あなた、私に『大好き』って言ってくれたのよ。私、今まで生きてきて、人に『好き』って言われたの、あれが初めてだった。驚いて、恥ずかしくて、困りもしたけど、それでも、凄く嬉しかった。いつも嫌われて、疎まれて、馬鹿にされてきたから、ただの言葉でも、『好き』って言ってもらえたのが、本当に嬉しかったの……」
……いつも嫌われて、疎まれて、馬鹿にされてきた?
この、可愛らしくて、努力家で、優しいフェリスが?
乙女ゲーム『聖王国の幻想曲』本編で知ることのできるフェリスの情報では、そんな設定はないはずだが、フェリス自身がそう言うのだから、きっとそうなのだろう。
思いがけない情報に、少々困惑する私。
そんな私を、フェリスは抱きしめた。
季節は五月の初旬。
暦の上だと初夏ではあるが、それでも、風のある夜だと、まだちょっぴり肌寒い。
だから、フェリスの体の温もりが、とても心地よかった。
私は自然と、彼女の背に手を回し、抱きしめ返していた。
路上で、年若い少女が抱き合う姿は、本来ならかなり人目を引くだろうが、経費削減によりパワーダウンした街灯の光では、満足に私たちを照らすことはできず、私とフェリスの姿は、夜の闇に紛れるようだった。