潮時
私は、彼女の顔を覗き込むようにして、問う。
「何、考えてるの? もしかして、悩みごと?」
フェリスはしばらくの沈黙の後、こちらを向いて、言う。
「さっきの、黒いコートの人が言ってたことについて、考えてたの」
「ふぅん。どんなこと、言ってたっけ?」
「町の人たちが、皆、口をそろえて、あなたに対して不満を言ってるって」
う゛っ。
そういえば、そんなこと、言ってたわね。
私は、なんて返事をしていいのか分からず、黙ってしまう。
フェリスは、口をへの字に曲げ、ぷりぷりと憤慨しながら言葉を続けた。
「私にはそんなの、とても信じられないわ。あなたみたいに優しくて、思いやりのある人なんて、私、これまで一度も出会ったことないもの」
「あ、あはは……そう……?」
フェリスの瞳には、一切の疑念がない。
本当に、心の底から、私のことを信じているのだろう。
「確かに、あの黒いコートの女の人はカッコよかったし、助けてくれたことにも感謝してるけど、やっぱり、ミリアムが町中の人に嫌われてるなんて、何かの間違いだと思うわ。そうでしょ?」
ふぅー……
この辺りが、潮時かな。
ごめんね、フェリス。
あなたは、私のために一生懸命怒ってくれたけど、あのならず者のおじさんが言ってたことも、黒いコートの人が言ってたことも、間違ってないのよ。
そもそも、あらかじめ、私が町の皆にどう思われているかを詳しく説明しておけば、フェリスもあんなに怒ったりはしなかったかもしれない。
結局、今日の騒動は、『いつまでもフェリスに素敵な人だと思われたい』と願っていた、私の甘ったれた考えが引き起こしたと言っても、あながち間違いではないだろう。
……そろそろ、言わなきゃね。
私が『これまでたくさん、皆に嫌われるようなことをしてきた、最低の人間だ』ってことを。
『理想の公爵令嬢』になりたいのなら、いつまでも友達に隠し事をしてるようじゃ、駄目だものね。
私は一度深呼吸し、フェリスにすべてを打ち明けた。
ただ、『転生』や、『前世の記憶』については語らず、単純にこれまでのおこないを悔い改め、善人になろうとしているのだということにした。
別に、私が『転生者』であることを隠そうと思っているわけではない。
『異世界転生』……それも、『生前にプレイしていたゲームの世界での生まれ変わり』という奇々怪々な現象について、貧弱な私の弁舌能力では、上手く説明できる自信がなく、フェリスを混乱させるだけだと思ったからだ。
何より、『転生』について一部始終を語るなら、フェリスに対し、『あなたはゲームの登場人物なのよ』ということを、説明しなければならなくなる。……今、この世界で、ひたむきに毎日を生きているフェリスにそれを言うのは、なんだかとても残酷で、失礼なことのような気がしたのだ。
少々長い話になったが、私もフェリスも、足は止めなかった。
私は、歩きながら、滔々と言葉を紡ぎ続ける。
立ち止まって話すより、体を動かしている方が、少しだけ緊張がまぎれて、喋りやすかった。
フェリスはいつぞやのように、口を挟むことも、相槌を打つこともせず、黙って私の話に耳を傾けていた。
そして、私の話は終わった。
夜の路地に、しめやかな静寂が流れる。
私が話し始めてから、一度も口を開いていないフェリスが、今から何を言うのかと思うと、凄く怖かった。