ミリアムの評判
「なんだ、そういうことか。なら、無理ねぇな。しかし、小さいナリのくせに、大男に面と向かって物申すとは、なかなか度胸あるじゃねーか、気に入ったぜ」
……正直、フェリスのことを『小さいナリ』と言えるほど、この黒いコートの女性も大きくはない。目測で、身長155……いや、154cmくらいかな。この体格で、よくもまあ、あの大男を手玉に取ったものだ。
そう言えば、まだフェリスを助けてもらったお礼を言ってなかった。
私がそれに気づき、慌てて頭を下げようとした瞬間、フェリスもそのことに思い至ったようで、私たちはほとんど同時に、ペコリと上半身を折り曲げた。
そして体を起こすと、フェリスが神妙な様子で口を開く。
「あの、助けていただいて、ありがとうございました。……あなたの言う通りです、私、酔ったお客さんの暴言くらい、我慢しなきゃって頭では分かってたのに、あの人、何度も何度も、ミリアムのことを悪く言うから、どうしても、気持ちを抑えることができませんでした。それで結局、騒ぎを大きくして、他のお客さんにもご迷惑を……」
黒いコートの女性は、小さく「ふぅん」と言ってから、言葉を続ける。
「あんた、その『ミリアム』っていう奴のこと、好きなのか?」
フェリスは、ちらりと私の方を見て、それから黒いコートの女性に視線を戻すと、深く頷いた。
「ええ、私の大切な友達です。これまで私が出会った人の中で、一番素敵で、優しい人です」
そう言ってから、フェリスはもう一度私の方を見て、はにかんだ。
こ、これは照れる……でも嬉しいわ。
……残念なことだけど、さっきのならず者のおじさんが、ミリアムのことをぼろくそに言うのも当然なのよ。ミリアムは、公爵令嬢の立場を笠に着て、これまで好き放題やってきたんだからね。
もしかしたらあのおじさんも、過去、ミリアムによって、何かひどい目にあわされたのかもしれない。そう思うと、なんだか申し訳ない気持ちになった。
フェリスの言葉を受けて、黒いコートの女性は「へえ、そうなのか」と言い、それから、ぴょこんと首をかしげる。
まるで小さな子供がするような、幼げで、愛嬌のある仕草だ。
鋭い目つきと、荒くれ男を黙らせるほど堂々とした言動から見て、かなりの年長者だと思っていたが、この人、意外と若いのかも。近くでよく見ると、けっこう可愛い顔してるし。
案外、私やフェリスと同年代だったりして。
黒いコートの女性は、かしげていた首を元に戻すと、言葉を続けた。
「俺も、そのミリアムってお嬢様の噂は色々聞いているが、都の住民たちが話しているミリアムの印象と、今、あんたが言ったミリアムの印象は、まったく違うな」
「都の皆さんは、ミリアムのことをなんて言ってるんですか?」
フェリスの問いに、黒いコートの女性は肩をすくめて答える。
「皆、多少の違いはあるが、さっきのおっさんと同じように、ミリアムに対する不満と恨み言ばかりさ。俺は、十人以上にミリアムの評判を尋ねたんだが、彼女を良く言う人間は一人もいなかった。……こう言っちゃなんだが、あんた、そのミリアムにからかわれて、騙されてるんじゃねぇのか?」
その台詞で、フェリスは白い顔をカァッと赤くして、激昂した。
「ミ、ミリアムは、そんなことをする人じゃありません!」
「わかったわかった、そう怒るなよ。ほら、怒鳴ると切れた口の中が痛むだろう」