盗賊との交渉
「大金持ちって……あなたたち、いったい何をするつもりなのですか……?」
「おいおい、鈍いメイドさんだな。今の状況で、だいたい予想つくだろ? 誘拐だよ、ゆ・う・か・い。このミリアムを出汁にして、親バカのローゼン公爵から、たんまり身代金を吸い上げてやる。ふふふ、ついでにこの立派な馬車は、バラして闇市にでも売るか。いい小遣い稼ぎになりそうだ」
「な、なんて恐れ多いことを……この国でも指折りの名門貴族であるローゼン家にこんなことをして、ただで済むと思っているのですか……?」
エッダは青ざめた顔で、ローゼン家の権威について語り、なんとか盗賊たちの誘拐計画を断念させようとしている。だが、言葉の最後の方は、かすかに震えていた。もう、何を述べても、盗賊たちが怖気ずくことなどないと、悟ったのだろう。
そ、それにしても、二年後に訪れるはずの『破滅』を回避するために行動を開始した途端、いきなりこの身に危険が降りかかってくるとは、皮肉なものである。
だが、盗賊たちの目的がお金であるならば、少なくとも殺されはしないだろう。私は二回深呼吸すると、覚悟を決め、馬車から降りた。そして、明らかに怯え始めているエッダの前に立ち、盗賊たちに向かって声を張り上げる。
「あなたたちの目的が、私の誘拐であるというなら、この期に及んでジタバタしないわ。囲まれてるみたいだし、これじゃ、どんなに頑張っても逃げられないでしょうからね。抵抗しないから、あなたたちのアジトなりなんなり、連れて行きなさい」
ベンはおどけたように口笛を吹き、肩をすくめながら言う。
「ほお、潔い態度だな。自分の立場もわきまえずに、『私を誰だと思ってるの』とか、ギャーギャー喚くだろうと思っていたから、ちょっと意外だぜ。腐っても、公爵令嬢様ってところかな」
「一応、褒められたと思っておくわね。でも、あなたたちに同行する前に、一つだけお願いがあるの、聞いてくれる?」
自分の口から出た言葉に、少し吹き出してしまう。
こんな時だっていうのに、ミリアムの口癖である『聞いてくれる』が、自然と出てしまうなんて。
「聞くだけなら、聞いてやってもいいよ。望み通りにしてやるかは、まったく別の話だけどね、なあみんな」
ベンが仲間たちを見回してそう言うと、皆、くぐもったような含み笑いを漏らした。
嫌な笑い方だ。
私の願いを聞く気など、かけらもないのだろう。
それでも、言うだけは、言わなければならない。
私は、鼻から大きく息を吸い、ゆっくりと吐いてから、口を開いた。
「このエッダだけは、逃がしてあげてほしいの。あなたたちの目的は私なのだから、この子は関係ないでしょう?」
ベンは腕組みをして、軽く唸った。
「まあ、それはそうなんだが……その子を逃がしてやるメリットが、何か俺たちにあるのかい?」
「ないこともないわ」
「ほう」
「エッダがローゼン家に戻れば、私が盗賊に捕まったことを、臨場感たっぷりに、事細かく伝えてくれるはずよ。そうすれば、お父様はさぞ心配するでしょうから、よりスムーズに身代金交渉ができると思うわ」
「ふむ……一理あるな」
「でしょ?」
「でも駄目だ」
「どうして!?」
思わず声が上ずってしまった私を見て、ベンは笑った。
「ローゼン公爵を心配させるのに、わざわざメイドさんのメッセンジャーを使う必要なんてないんだよ。あんたのパパは、国中で知らないものがいないほどの親バカだからな。あんたが日頃から身に着けてる宝石と、その綺麗な長い金髪を何本か切り落として送りつけりゃ、震えあがって大金を用意するだろうさ」
「で、でも、でも、エッダは関係ないのに……」
「そうだね、関係ない。でも、それがどうしたって言うんだ? 俺たちは盗賊だぞ? 金も酒も女も、気に入ったもんは奪うだけだ。くくく、そのエッダちゃん、なかなか良い体をしてるだろ? 顔は化粧っ気がなくて地味だが、良く見りゃ悪くない。……身代金が届くまで、皆で遊ぶ退屈しのぎにゃ、ちょうどいいと思わないか?」
あまりに下劣な発想に、眩暈がした。
こんな最低の連中と交渉ができると思っていた自分のおめでたさに、怒りすら覚える。
今の言葉で、恐怖が頂点に達したのか、背後のエッダが、ギュッと私の手を握ってきた。
私は、その震える手を握り返す。
そして、言ってあげたかった。
『大丈夫だからね』って。
でも、言えなかった。
私の鈍い脳みそでは、どう考えてもこのケダモノたちからエッダを守る方法が思いつかなかったからだ。
ああ、もう。
ゲームの中の主人公なら、こんな時、思いがけないアイディアでピンチを切り抜けるもんなんだけどな。
駄目か。
私、主人公じゃなくて、悪役令嬢だもんなぁ……
ミリアムの得意なことといったら、せいぜいが嫌がらせとヘイトスピーチ……あとは……あとは……あっ。
あった。
ひとつ、得意なことが。