フェリスの長所
フェリスはドジっ子気味ではあるが、その欠点を補って余りある長所がある。それは、一度覚えたことは二度と間違わない『学習能力』と、ひたむきに努力を続ける『勤勉さ』だ。
この二つの長所をいかんなく発揮して、見る見るうちに酒場の仕事を覚えたフェリスは、今ではすっかり頼もしい存在であり、店長さんやおかみさんにも信頼されている。
……ちなみに、フェリスが短い期間で有能な従業員になったことも、私が『犬のしっぽ亭』を辞めようと思っている理由の一つだ。
『犬のしっぽ亭』は繁盛こそしているものの、ボリューミーな料理とお酒を、良心的すぎる値段で大量提供しているので、決して大儲けしているというわけではない。だから、フルタイムで働いている私とフェリスに、二人分の給料を払うのは、実のところ、けっこうキツイはずである。
そこで、私がいなくなれば、払わなければいけない給料は半分になるので、『犬のしっぽ亭』の経済的負担はグッと下がることだろう。
フェリスは私よりずっと賢いし、会計仕事も得意だ。しかも、思いのほかタフである。何より、持ち前の『学習能力』でどんどん仕事を効率化していくから、たとえ一人になっても、きっと大丈夫に違いない。
そんなことを考えながらテーブルのお皿を下げていると、不意に後ろから、声をかけられた。
「おい、姉ちゃん。あんた、ミリアムに似てるな」
一瞬、ビクリとする。
振り返ると、いかにも『ならず者』といった感じの大柄な殿方が、酔いで赤くなった顔をこちらに向け、にやにやと笑っていた。
私は「ふぅ」と息を吐いて、営業スマイルを作り、言った。
「そーなんですよー、しょっちゅう間違われて、嫌になっちゃう」
このお店で働き始めてから、何度か『ミリアムに似てる』と言われたことがある(まあ、似てるも何も、本人なわけだが)ので、こういう酔っ払いをあしらうのにも、もう慣れたもんである。
ならず者のおじさんは、私の言葉を受け、ケラケラと笑いだした。
そして、なおも話しかけてくる。
どうやら、絡み酒をするタイプらしい。
「くくく、そうだろう、そうだろう、嫌になるだろう。ミリアムは、最低最悪のクソ女だからな。あんなのに似ちまうなんて、あんた、運がないな、くくくく」
「そうですねー」と相槌を打ち、そそくさと彼のテーブルを離れたが、後頭部に、まだ声が飛んでくる。
「でもよぉ、あの馬鹿女、最近全然、町に顔を見せないそうじゃねえか。もしかしたら、変なもんでも食って、くたばっちまったんじゃねえか? 貴族ってやつは、『美食』だのなんだのとほざいて、俺たち平民には想像もつかないような、奇抜な料理を食ってるっていうからな。くくく、だとしたら、いい気味だぜ。地獄に落ちろってんだ」
はぁ……まったく、よく喋る殿方ですこと。
生まれついてのファイティングスピリットで、『残念ながら元気いっぱいです、くたばってなくて悪かったわね』と言い返したくなるが、酔っ払い相手に怒っても仕方ない。私は笑顔を引きつらせながら、別のテーブルの片づけに向かった。
そんな私の耳に、怒りのこもった声が聞こえた。
ならず者のおじさんの声じゃなかった。
フェリスの声だ。
「取り消してください」
文字に起こすなら、たった9文字のその言葉の中に、明確な怒りの意思を込め、フェリスはならず者のおじさんを睨んでいた。