友達
「いえ、しかし、一度返したものを、また受け取るわけには……」
「もう、融通きかないなあ。うーん……あっ、そうだ、それじゃ、こうしよう」
私は差し出していた紙幣を一度バスローブの懐に入れ、数秒してから、再び取り出す。
「はい、これで『一度返したもの』じゃなくて、『私の懐から取り出したもの』になったでしょ」
一休さんのような私のやり方に、ヒルデガードは苦笑した。
「そんなの、ただの屁理屈じゃないですか」
「こういうのは、『とんち』って言うのよ。ほらほら、これ以上固辞するのは、むしろ失礼よ。黙って受け取ってちょうだい」
私の『これ以上固辞するのは、むしろ失礼』という言葉を受けて、意固地なヒルデガードもとうとう観念したらしく、「ご随意のままに」と言い、お金を受け取ってくれた。
ふう。
ヒルデガードの気遣いもあり、なんとかここ一ヶ月の目標だった、『自分で働いたお金で給料を支払う』を達成することができたわ。これで一歩、皆に愛される『理想の公爵令嬢』に近づけた気がする。
……といっても、ヒルデガードに支払った金額は、正規の報酬の半分以下なので、やはり来月からは、キッチリ満額払うべきよね。いくらヒルデガード本人が『タダ働きでもいい』と言ってるからって、その厚意に甘えてるようじゃ、『理想の公爵令嬢』とは言えないもの。
まっ、そのための金策は明日からからゆっくり考えるとして、今日はもう寝よう。
たった一日の間に、あまりにもいろんなイベントが起こり過ぎて、ただでさえ鈍い頭が、もうまともに回転してくれないからね。
そんなわけで、私はヒルデガードの部屋を後にし、自室に戻る。
部屋の中では、すっかり健康体に戻ったフェリスとエッダが談笑していた。
なんとも朗らかなムードだ。
二人とも人当たりが良いから、気が合うのだろう。
私の姿に気が付いたフェリスが、椅子からシャンと立ち上がり、頭を下げた。
「ミリアさん、あの、今日は、その、本当に、何度も何度もご迷惑をおかけして……」
「ちょっと待って、ストップストップ」
懸命な謝罪の言葉を遮るように、私は言う。
別にフェリスのことを、おちょくっているわけではない。
……なんていうか、言葉で、今の自分の気持ちを表現するのは難しいんだけれど、とにかく私は、恐縮しきって、他人行儀に謝罪を繰り返すフェリスの姿を、これ以上見たくなかったのだ。
私はゆっくりと唇を開き、なるべく静かな声色で、フェリスに語り掛ける。
「ねえ、フェリスちゃん。私たち、出会ってまだたった一日だけど、結構仲良くなったと思わない?」
フェリスは、『なぜ今そんなことを聞くの?』とでも言いたげに首をかしげたが、小さく頷いた。
「そ、それはもう。私、この聖都フォーディンに来て、ミリアさんと出会えて、本当に良かったと思っています。私のこと、いろいろ気にかけてくれて、仲良くしてもらえて、凄く、凄くありがたいです……」
『聖都フォーディン』とは、この都の正式な名前である。
私はフェリスの言葉を受け、彼女が先程そうしたように、小さく頷く。
「私も今日、あなたに会えて、とても嬉しかったわ。……でね、こうして家にも招いたことだし、私たちさ、もう単なる職場の同僚ってだけじゃなくて、『友達』って言ってもいいと思うのよ」




