感情の発露
「えっ、あっ、そうなの。なんか、迎えに行くのが遅くなって、ごめんね。……でも、私が迎えに行くとしたら、普通はあなたの実家に行くだろうから、森にいる必要は、なかったんじゃない?」
ヒルデガードは、すぅっと息を吸った。
あ、やばい。
これ、今までで一番の大声がくる流れだわ。
私は自分の鼓膜を守るため、大慌てで両耳に人差し指を突っ込んだ。
「実家でめそめそとミリアム様が迎えに来てくれるのを待ってるなんて、みっともないでしょう!?」
ヒルデガードの叫びが、音の波動となって私の顔を叩く。
す、すごい声だ。
普段落ち着いた話し方をする分、余計にパンチ力がある。
ヒルデガードのボイスパンチで私はもうノックアウト寸前だが、いまだ彼女の気持ちは平静には戻らないようであり、濁流のような感情の発露はまだまだ続く。
「だから一ヶ月前、ミリアム様が馬車に乗って森にやって来た時は、それはもう、嬉しくて嬉しくて、飛び上がって喜んでしまいました!」
言いながら、当時の気持ちを思い出したのか、実際にぴょんぴょんと飛び跳ねるヒルデガード。179cmはある長身の彼女が何度もジャンプする姿は、大迫力である。
「なのに、突然邪魔な盗賊たちが現れて、私、頭にカァーッと血が上りました。私とミリアム様の、感動の再会を台無しにするなんて、万死に値します。元々ならず者どもは嫌いですし、私は木の上からありったけの矢を乱射して、連中を皆殺しにしてやろうと思いました、ふふふ」
皆殺しって……
ふふふって……
ドン引きしている私をよそに、ヒルデガードはウキウキと話を続ける。
「でも、私がそうするまでもなく、ミリアム様は知恵と勇気、何より、エッダを守ろうとする『優しい心』で、盗賊たちと渡り合いました。……本当に、感動しましたよ。最近では、すっかりワガママな面の方が強くなってしまっていましたが、昔のミリアム様は、それはもう、お優しい方でしたからね」
えっ、そうなの?
これは、意外な情報だ。
ミリアムって、生まれた時から邪悪の化身みたいなものだと思ってた。
いや、私の体も脳みそも、元々はミリアムのものなのだから、幼少期の記憶もあるにはあるのだが、転生前の記憶を思い出し、『私』の人格の占める割合が大きくなってしまったせいで、データの上書きがされてしまったかのように、古い記憶はハッキリしないのだ。
そんなことを考えているうちに、やっとこさヒルデガードの気持ちは落ち着いてきたようで、彼女はハッと我に返ると、今までの興奮ぶりを思い出し、頬を赤く染めながら、咳払いをする。
「こほん、と、まあ、そう言うわけで、私はミリアム様のおそばにいられればそれで充分ですから、特にお給料はいらないのですよ。……少し取り乱した姿を見せて、申し訳ありませんでした」
「い、いえいえ。あなたの正直な気持ちが聞けて、嬉しかったわ」
それから、先程渡したばかりの茶封筒を、ヒルデガードは私に返してきた。
私は一度それを受け取り、少々思案してから、封筒内の紙幣を半分取り出し、言う。
「あの、それじゃあさ。せめて半分だけでも、受け取ってくれない? やっぱり、お給料を全く払わないっていうのは、良くないと思うのよ。だって、私の思う『公爵令嬢にふさわしい人間』は、大事なメイド長を、タダ働きさせたりなんてしないからね」




