強がり
ヒルデガードは、やや眉をひそめて、ため息を漏らした。
「はぁ……何を言っているのですか? ミリアム様が『戻って来て』と懇願なさったからでしょう?」
「いや、それはそうなんだけど、森での暮らしが快適だったなら、好きでもない私のそばで、無理に働かせちゃうのは、悪いかなって思って……」
ヒルデガードはもう一度、溜息をもらす。
それは、先程のものよりも、重く、深い吐息だった。
「まったく、ミリアム様は本当に、人の気持ちがわからない方ですね。私は、去年の秋にクビにされるまで、8年間もあなたに仕えてきたのですよ? ……この私が、好きでもない相手のそばに、8年もいると思いますか?」
「えっ、あっ、それってつまり、私のこと、嫌いじゃないってこと? でもあなた、前に、私のことを好きかどうか聞いたら、『嫌いです、とても』って言ってたじゃない」
「あれは強がりですよ。この私が、あんなふうに、いきなり好きかどうか聞かれて、笑顔で『大好きです♪』とでも答えるような、従順な女に見えますか?」
「そ、それもそうね」
「ちなみに、『ワガママなお嬢様の相手をするより性に合ってる』も、『収入はメイド時代より上がった』も、ただの強がりです。だいたい、森で狩人と護衛の仕事をいくつかしたくらいで、ローゼン家のメイド長の給金を上回れるわけないじゃないですか」
「えぇ~、なんで、そんな強がり言ったの? あなた、別に見栄っ張りじゃないでしょ?」
私の問いに、ヒルデガードは子供のようにむくれてから、答える。
「もうっ、そんなの、決まってるでしょう。……あなたに、後悔させたかったのですよ。つまらない口喧嘩の勢いで、私を無慈悲にクビにしたことを」
そこで一度、ヒルデガードは深呼吸をした。
普通、深く呼吸をすると気持ちは落ち着くものだが、ヒルデガードはまるで、石炭を投入された蒸気機関のように熱くなり、一気に言葉をまくしたてる。
「だって、ミリアム様ったら、幼少期から誠心誠意尽くしてきたこの私を! 誰よりもあなたのことを思うからこそ、時には厳しいことも述べてきたこの私を! あんなにあっさりクビにしたんですよ!? 信じられます!? 信じられませんよね!?」
「あっ、はい。その通りです。信じられません」
ものすごい勢いで詰め寄られ、私は素直に肯定の返事をする。
……読者の皆様のおそばにも、いませんか、こういう感じの人。普段は物静かだけど、一度興奮すると、人が変わったように一気に喋りだすタイプ。
ヒルデガードはまさに、そういうタイプなのです。
約七ヶ月前、ミリアムがヒルデガードをクビにしたときも、こんな感じでああだこうだと激しい言い合いになり、結果、彼女は解雇宣告をされたのだ。
なおもヒルデガードの興奮は収まらない。
どうやら、自分の言葉で自分を煽るような感じになっているらしく、顔を真っ赤にして、普段の彼女からは想像もつかない激しさで怒鳴り続ける。
「そもそも、私がどうして、実家のある北の辺境『アリセン』に帰らず、あんな薄暗い森の中で狩人をしていたか、わかりますか!?」
「わ、わかりません……」
「どうしてわからないんですか! お馬鹿!」
「はい! 馬鹿ですいません!」
「都から馬車で数時間のあの森なら、私を勢いでクビにしたことを反省したミリアム様が、もしかしたら迎えに来てくれるかもしれないって、期待してたからに決まってるじゃないですか!」