素直な称賛
「どうしたの、ヒルデガード。今日は随分素直に褒めてくれるのね。めずらしい」
「私はもともと、素直で純朴な性格ですよ。根性の曲がったミリアム様と長くお付き合いしているうちに、少々ひねくれてしまっただけです」
「えぇ~、私のせい? そうかなぁ……?」
「そうですよ」
「じゃあ、まあ、それでいいけどさぁ……」
少々話が脱線してしまったので、ヒルデガードはコホンと咳ばらいをし、話題を元に戻す。
「ミリアム様、何故私が、あなたに労働を促すような真似をしたのか、分かりますか?」
「さあ? 社会勉強のため、とか?」
「確かに、そういう意味もあります。ミリアム様は少々……いえ、かなり常識に欠けるところがありますから、一度は実社会に出て、知識をつけるべきだと常々思っていましたからね。ですが、最大の目的は、『公爵令嬢にふさわしい人間になりたい』という、ミリアム様の覚悟を試すためです」
「覚悟……」
「一ヶ月前、エッダを必死に守ろうとしたミリアム様の姿には心打たれましたが、一時的に悔い改めるのと、継続的に善良かつ勤勉な人間であり続けようとすることは、まったく別の問題であり、言うまでもありませんが、後者の方が難しいことです。ずっと、向上心を持って努力を続けなければいけませんからね」
「まあ、それはそうでしょうね。ダイエットだって、一日だけガクッと食べる量を減らすより、ずっと続ける方が大変だし」
「だから私は、本来なら公爵令嬢がする必要のない『労働』によって、ミリアム様の覚悟を測ろうとしました。そしてあなたは、見事に耐え抜き、固い決意を示してくれました。今私は、心から満足しています。ですから、このお金は、納めていただかなくても結構です。ミリアム様ご自身のものにしてください」
そう言って、ヒルデガードは微笑んだ。
まるで母親のように、慈愛に溢れた笑みだった。
「えっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待って。あなたが満足してくれたのは嬉しいけど、それじゃ、お給料はどうするの? いくらなんでも、ローゼン家の『メイド長』に、タダ働きさせるわけにはいかないでしょう?」
「別に、タダ働きでも構いませんよ。前にも言いましたが、私、お金には困っていないので」
「いやぁ~、でも、やっぱりそういうわけには……って言うか、なんであなた、そんなにお金に頓着しないの? 実は富豪だったりするの?」
「ふふ、貧しい『森の民』出身の私が富豪とは、面白い冗談ですね。……私たちの民族は、元々虚飾におぼれず、つつましやかに生きることを美徳としています。ですから、こうして雨風しのげる部屋を与えてもらい、食事も日に三度出れば、何の文句もないのですよ」
「は、はぁ……そうなの……」
「だいたい、日常生活に必要な物さえあれば、あとは、これと言って欲しいものもありませんしね。ハッキリ申し上げて、大金を貰っても使い道がないのです」
な、なんて慎み深いことだ……
大量生産、大量消費が当然の、現代資本主義社会とは、根本的に違う考え方である。
そこで私は、ちょっとした疑問を尋ねることにした。
「じゃあさ、どうしてわざわざ、この屋敷に戻って来てくれたの? あなたの思想なら、森での暮らしの方が、快適だったんじゃないの? 一ヶ月前も、『ワガママなお嬢様の相手をするより性に合ってる』とか、『収入はメイド時代より上がった』とか言ってたじゃない」