頭はもうショート寸前
今体を洗ってもらったばかりなので、汗臭くはないと思うが、それでも、自分の体臭を、吐息がかかるほどの距離で嗅がれるというのは、こんなに恥ずかしいものなのね。
転生前も、転生後も、ろくな恋愛経験のない私にとって、かなり衝撃的な体験だ。
ただ、私は自分のことを、どちらかと言えば図太い方で、女らしくないタイプだと思っていたので、そんな図太い私にも、こんな初心な面があったのだと思うと、ほんの少しだけ嬉しかった。
って、嬉しがっとる場合ちゃうわ。
エッダは自分の想いを口にして、ますます感情が高ぶってきたのか、先程までよりも強く、切なげに私を抱きしめ、首筋にかかる吐息は、より熱さを増しているように感じる。
ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ……
この子、もしかして、このまま首筋に、キスでもしようとしてるんじゃないの?
あらあら。
今日はなんとも、女の子とのキスにご縁がある日でございますこと。
なんてお嬢様ぶって余裕をこいてみたが、私の頭はもうショート寸前だ。
さっきも述べたが、とにかく私は恋愛経験が乏しいので、こういう状況になると、どうしていいかわからないのだ。
女の子同士であり、気心の知れたエッダが相手だから、一応はパニックにならずに済んでいるが、もしも男性が相手であれば、抱きしめられた瞬間に思考不可能となり、私はきっと、言いなりになってしまうだろう。
ああ、どうしよう。
このまま、なすがままでいいのだろうか。
それとも、一線を越えてはならないと、エッダを優しく諭すべきなのだろうか。
誰か答えを教えて……
そんな私のかすかな祈りに応えるように、フェリスの時も現れた『二人の小さな私』が脳内に出現しかけたが、私は軽く頭を振ってそいつらを追い出した。どうせ役に立たないし、うるさいだけだからだ。
二人の声のミックスで『てめっ、ふざけんな』『答えを教えてっつったから来てやったんだろうが』と、激しく私を罵る言葉が聞こえてきたが、華麗にスルーする。
そして私は、一度深呼吸し、エッダに対して声をかけようとした。
その、開きかけた私の唇から出たのは、悲鳴である。
何故かというと、自分の足元に、鮮血が流れてきたからだ。
私は慌てて、血が流れてきた方向を見る。
なんとそこでは、フェリスが少女漫画のように白目をむいて、仰向けに倒れていた。私に続いてそのことに気が付いたエッダが、慌てて立ち上がり、フェリスの様子を確認する。
「こ、これはいけません。フェリス様は、滑って頭を打ってしまわれたようです」
あっ、しまった。
ウチのお風呂、床が滑りやすいから気をつけてって、言うの忘れてた。
そういえばフェリスは、さっきからずっと静かだった。
もしかして、私に続いて大浴場に入った瞬間に、滑って転んで頭を打っていたのかもしれない。こ、この子、ちょっとドジっ子気味だものね。
エッダが傷の具合を確認し、即座に治癒魔法を使いながら、言う。
「白い大理石に血の赤が映えたので、大量出血のように見えましたが、傷は浅いようです。これなら、しばらく治癒魔法をかけていれば、傷跡も残らず治すことができるでしょう」
「そ、そう。良かった……。ごめんねフェリスちゃん、私がちゃんと『滑りやすいからから気をつけて』って言っておけば、こんなことには……」