大浴場
ミリアムの父――『ウィリアム・ローゼン公爵』は、基本的におおらかな人物だが、大の『平民嫌い』で有名である。極端に平民を弾圧したり、貴族の優越思想にかぶれているわけでもないのだが、とにかく平民が嫌いなのである。
乙女ゲーム『聖王国の幻想曲』本編で、悪役令嬢ミリアムがやたらと平民をこき下ろすのも、恐らくは父親の影響が大きいのだろう。
そのローゼン公爵に、『実の娘が平民の集まる酒場で働いている』などということは、口が裂けても言えない。だからエッダに協力してもらって、『別の町でピアノやらなんやらのお稽古をしている』という嘘の報告をしているのである。
そこで私は、フェリスが先程から、一言もしゃべっていないことに気がついた。
いきなり大きなお屋敷に連れてこられて緊張しているせいもあるのだろうが、どうやらそれだけでもないらしい。
フェリスは、一糸まとわぬ姿となった私を、頬を紅潮させ、じっと見つめていた。
な、なんなのいったい……
女の子同士とはいえ、こんなに食い入るように見られると、さすがに照れる。
私は身をよじり、手で体を隠すようにして、照れ隠しの笑いを作った。
「あ、あはは……あの、フェリスちゃんも、脱いだら?」
その言葉でハッと我に返ったフェリスは、小さく頷いて、いそいそと服を脱いでいく。
今度は私の瞳が、彼女の裸身に釘付けになる番だった。
うむむ……こりゃ綺麗な裸だわ。
くすみどころか、ホクロひとつないじゃない。
透き通るような白い肌とは、まさにこのことね。
おっと、一応言っておきますけど、フェリスの裸を見る私の眼差しに、世の男性方が抱くような邪な気持ちは一切ありませんからね。あくまで、同性としての、客観的印象の話をしているのです。
私とフェリスが脱衣を済ませた後、エッダも服を脱ぎ、湯浴み奉仕用の、薄い浴衣のような衣を羽織る。
さてさて、三人とも入浴準備が完了したことだし、いつまでも脱衣場にいる理由はない。早くお風呂に入っちゃいましょう。
・
・
・
「いやー、うちのお屋敷って、廊下も、階段も、無駄にビッグサイズで、移動するのも一苦労だけど、このお風呂だけは本当に素晴らしいわよねー。私、おっきなお風呂、大好き♪」
大浴場に入った私は、全裸で両手を広げ、我が家の素敵なお風呂に対する愛を叫んだ。
我がローゼン家のお風呂は、仰々しく『大浴場』と名付けられているだけあって、とてもビッグである。広大な空間に、豪奢な噴水や人工の滝まであり、数種類のアロマが香る大きな浴槽が、一日の疲れをスゥっと癒してくれる。
そう、ここはまさしく、この世のパラダイスなのだ。
ただ、見栄えを重視して、タイルではなくツルツルの大理石で出来た床だから、ちょっと滑りやすいのよね。まっ、世の中、どんな素晴らしいものにも、一つくらいは欠点があるってことね。
一人で納得したようにうんうんと頷いた私は、まずシャワーを浴び、エッダに体を洗ってもらう。
……正直、体くらいは自分で洗おうといつも思っているのだが、エッダが『これもメイドの仕事ですから』と言って聞かないので、好きにさせている。まあ、私よりずっと手先の器用なエッダにあちこち洗ってもらえるのは気持ちいいし、かたくなに拒否するのも変だしね。