ローゼン公爵邸
しかしまあ、私の行動は、ひとまず間違いではなかったようで、フェリスは頬を染め、嬉しそうに頷くと、私の腕に腕を絡ませてきた。
そのまま、屋敷に向かって再び歩き出す。
フェリスはその間も、ずっと私に寄り添ったままだ。
……こ、これ、まずくない?
まさかこの子、本当に、私に惚れちゃったわけ?
乙女ゲームの主人公が、悪役令嬢を好きになっちゃったら、その世界はいったいどうなっちゃうんだろう?
私は『ふぬぬ』と頭を捻ったが、いくら考えても、答えなど出るはずがない。
とにかく、今日は疲れた。
早くお屋敷に帰ろう……
・
・
・
「あ、あ、あの……ここが、この宮殿が、ミリアさんのおうちなんですか……?」
ローゼン公爵邸前に到着し、まさしく『宮殿』としか形容しようのない豪邸を見て、フェリスはあんぐりと口を開けた。
そ、そりゃビックリするわよね。
酒場でバイトしてる姉ちゃんの家が、この国でも三本の指に入る豪邸だったらさ。
……さて、どうしたものか。
いや、どうしたものかもこうしたものかもない。
ここまで連れて来てしまったからには、言わねばなるまい。
私――『ミリア』の正体が、町中の嫌われ者である悪役令嬢、『ミリアム・ローゼン』であることを。
幸い、都に来たばかりのフェリスは、ミリアムのことなど知らないだろうし、私の素性を明かしても、大した問題はない……はずである。
私は一度深呼吸をして、いまだに私の腕に引っ付いているフェリスに、告白をする。
「じ、実を言うとね。私、見ての通りの豪邸に住んでる、その、いわゆる『お嬢様』なのよ。で、その、身分を隠して、酒場で働いてるのね。だから、えっと、そのぉ、フェリスちゃんにも、このことを秘密にしておいてほしいっていうか……」
別に悪事の懺悔をしているわけでもないのだし(いや、身分詐称はやっぱり悪いことか……)、そこまで焦る必要はないのだが、しどろもどろになってしまった私は、さほど長くもない台詞の中で、三回も『その』という言葉を挟んでしまった。
ま、まあ、仕方ないわよね。
隠していたことを話すのって、どんな内容でも緊張するもんだし。
その後私は本名を名乗り、ローゼン公爵家についても、簡潔に説明する。
フェリスは、特に相槌を打ったり、質問をすることもなく、静かに私の言葉に耳を傾け、話が終わると、ゆっくり頷いた。
「わかりました。ミリアさんの正体が、公爵令嬢ミリアム様であることは、誰にも言いません。えへへ、二人だけの秘密ですね」
そう言って、ニッコリ微笑むフェリス。
彼女は、私がなぜ身分を隠し、偽名を使ってまで酒場で働いているのか、聞こうとはしなかった。
たぶん、私自身がその理由を言わなかったので、『言いにくいこと』――あるいは『なるべくなら言いたくないこと』なのだと判断し、私を困らせないために、あえて何も聞かなかったのだろう。
この若さで、気配りの達人かッ。
まったく、この子のこういうところ、大好き。
本当にいい子よねぇ……
いや、その、『私は町の人たちに嫌われてるから、雇ってもらうために身分を隠したの』って、本当なら、秘密にするようなことでもないんだけどね。
でも……でも……
今のところは私を頼りにして、大いに慕ってくれているフェリスにね、『私は人に嫌われるようなことをいっぱいしてきた人間なの』って打ち明けるのがつらくて、どうしても言葉にすることができなかった。
私を見つめるフェリスの、好意に満ちた瞳が、軽蔑に変わってしまうような気がして、怖かったのだ。