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初めてのお礼

 そんなわけで、私は馬車に飛び乗り、『メイド長』ヒルデガードがいると思われる北の辺境『アリセン』へと向かった。頭の傷は、見た目ほど重症ではなかったようであり、三人のメイドの中で唯一、医療魔法の心得がある赤毛の『エッダ』が同行し、治療をしながらの道中となった。


 三十分以上、エッダは真剣な表情で、額に汗を浮かべながら私の頭に両手をかざし続ける。そして、どうにか治療は終わったらしく、エッダは「ふぅ」と息を吐いて、柔らかな笑顔を浮かべた。


「……これでよし、と。頭頂部の皮膚が少し裂けていただけなので、私程度の医療魔法でも、何とか治すことができました。でも念のため、お屋敷にお戻りになられた際には、お医者様の診察を受けることをお勧めいたします」

「ありがとうエッダ。もう全然痛みもないし、本当に助かったわ」


 私もエッダを真似て、柔らかく微笑んでお礼を述べたつもりだったが、エッダは愕然とした表情で固まってしまう。


 な、なにその反応……

 私、何か変なこと言ったかな?


「ど、どうかしたの?」

「い、いえ、ただ、私がローゼン家にお仕えしてから、ミリアム様にお礼を言われたのは初めてのことなので、少々驚いてしまって……」


 ああ……そうよね。

 ミリアムは、使用人たちが、高貴な自分に誠心誠意奉仕するのを当たり前だと思ってる傲慢な人間だから、メイドさんがどんなに素晴らしい仕事をしても、決して褒めたり、感謝したりしないんだったわね。


 それどころか、日常的に『グズ』『間抜け』と罵倒し、時には手を上げることだってある。


 このエッダも、他の二人のメイドたちも、ミリアムに随分と嫌な思いをさせられてきたはずだが、生まれながらの気立ての良さと忍耐強さで、こうして今日まで仕えてきてくれたのだ。


 その健気さを思うと、なんだか泣けてきて、私は目頭を押さえ、鼻をすすりながら、俯いた。


「ミ、ミリアム様? どうかなさいましたか? やはり、まだ傷が……」

「い、いえ、違うのよ。違うの。……ねえエッダ、突然だけど、話があるの、聞いてくれる?」


 姿勢を正して向き直った私に、エッダはビクリと肩をすくませた。

 その表情には、改まって大切な話をされるという緊張感ではなく、明らかな怯えの色があった。


 しまった。

『聞いてくれる?』なんて言わずに、もっと普通に話を始めればよかった。


 エッダが怖がるのも無理はない。

 ミリアムが、こんなふうにわざわざ前置きをして話し始めるのは、だいたい無茶なワガママを言って、メイドさんたちを困らせる時なのだ。


 ゲームのイベントでも、何度もあった。

 やれ『川に飛び込んで手づかみで魚を三十匹取ってこい』だの。

 やれ『スラムのゴロツキに半裸で喧嘩を売ってきなさい』だの。

 もう滅茶苦茶である。


 で、それを見た主人公フェリスがミリアムを諫め、皆から信頼されていくというのがお決まりのパターンなのだ。


 ああ、もう。

 それを知っていながら、メイドさんたちにとっての恐怖の呪文である『聞いてくれる?』を使ってしまうなんて、私って、ほんと馬鹿だわ。


 やっぱり、曲がりなりにも16年間ミリアムとして生きてきたことで、彼女の口癖みたいなのが染みついてるのかな。


 しかし、それも今日までだ。

 私は、心の中のミリアムを振り払うようにプルプルと首を左右に振り、それからエッダに深々と頭を下げた。


「エッダ、これまで本当にごめんなさい。私の酷い振る舞いのせいで、あなた……ううん、あなただけじゃない、ドリーやセラのことも、いっぱい傷つけたわよね。本当に、本当にごめんなさい……」


 私の謝罪を受けたエッダは、ポカンと口を半開きにし、完全にフリーズしてしまった。そして、きっかり二十秒経つと、再起動が完了したようで、エッダは震える唇で少しずつ言葉を紡いでいく。


「ミ、ミリアム様……もしや、頭を打ったショックで、人格に影響が出たのでは……?」


 うん。

 まあ、当たらずとも遠からずってとこね。

 転生だの、前世の記憶がよみがえっただの言っても、エッダを混乱させるだけだろうし、そういうことにしておこう。


「そ、そうみたいなのよ。だからね、これまでは悪い子だったけど、今日からは、皆に好かれるような、良い子になりたいの。協力してくれる?」


 私が作れる最大限の笑顔でそう言い、ニッコリと細めた目を普通に戻した時、エッダは泣いていた。


 ぽろぽろとか、しくしくとか、そんな可愛い泣き方ではない。

 号泣である。


「ああああああああ~っ! うあああああああああっ! ひっ、ぐっ、ううううううううううう~っ!」


 えっ、なに!?

 なんなの!?


 本当に、滝みたいに涙が出てる。

 これ、目とか、大丈夫なやつなの?

 水分が抜けすぎて、視力に影響が出たりしない?


 私はしばらく呆気に取られていたが、エッダの肩を揺すり、話しかけた。


「ちょ、どうしたの!? なんで泣くの!?」


 その問いで、やっと涙が落ち着いたエッダは、鼻を啜りながら口を開く。


「ぐすっ……ずびばぜん……わ、私、嬉しくって……! ミリアム様にお仕えして6年間。何度もいじめられましたが、真心を持って接し続ければ、いつか想いが天に届き、ミリアム様もきっと、ローゼン公爵令嬢に相応ふさわしい寛容な方になってくれると信じ、毎日、毎日、励み続けてまいりました……その努力が今日報われたのだと思うと、私、私ぃ……ううぅぅ~」


 そこで再び感極まったのか、エッダはまたしても滂沱の涙を流し、もうまともに言葉を紡げる状態ではなくなってしまった。


 私は、えぐえぐと鳴き続けるエッダを抱きしめ、その耳元で囁く。


「私、きっとあなたが思う通りの、『公爵令嬢に相応しい人間』になってみせるわ。でも、たぶん私一人じゃ、それはできないと思うの。だからエッダ、これまで通り、私の側で、力を貸してくれる?」


 エッダは、もう泣いていなかった。

 使命感に満ちた瞳で、毅然と宣言をする。


「はい、喜んで! ミリアム様のめいであれば、スラムのゴロツキにだって喧嘩を売ってきます!」

「そ、そういうことは、しなくてもいいからね……」

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