絶対にありえない?
ん?
絶対にありえない?
あー……
あぁー……
まさか……
夜の清涼な空気が、この私の鈍い脳みその回転を少々スピードアップさせたのか、なんだか妙に頭が冴えている。私は脳内で色々な仮説を立て、そして、一つの結論に達した。
この私――悪役令嬢ミリアムが、本来なら絶対にありえない行動をとりまくっているので、私を取り巻く人々の運命が、大きく変わってしまったのではないだろうか?
あの『メイド長』ヒルデガードだって、ミリアムが、ミリアムらしい悪辣な行動をとり続けていれば、今頃この町にはいない。
そしてそのヒルデガードがいなければ、私が下町の酒場で働くことなど、決してなかっただろう。
その、『決してなかった行動』の積み重ねが、大きな『運命の流れ』を少しずつ捻じ曲げ、ミリアムと深くかかわる存在――フェリスの運命さえも、捻じ曲げてしまったのかもしれない……
突拍子のない理屈のようだが、一応スジは通っている気がする。
となれば、ますます私には、フェリスを保護し、守ってあげなければならない義務があることになる。
ひときわ強く輝く街頭の下、私は立ち止まり、フェリスの両手を握った。
そして、誓いの言葉のように、厳かに囁く。
「フェリスちゃん。朝も言ったけど、私、あなたのことが好きなのよ。だから、私に遠慮なんかしないで、困ったことがあったら、何でも相談してね。……この世のどんな災いからも、私があなたを守ってあげる」
最後につけ足した『この世のどんな災いからも、私があなたを守ってあげる』という、ちょっと芝居がかった台詞は、乙女ゲーム『聖王国の幻想曲』の中で、私の推しである『聖騎士アルバート様』がフェリスに言う台詞だ。
この世のどんな災いからも、僕がきみを守る……
かあぁー。
たまらんなぁー。
女と生まれたからには、一度でいいから、素敵な殿方に、こんな台詞を言ってもらいたいものよねー。
自分の口から出た台詞に自分で高揚し、やや火照った私の体が、不意に抱きしめられた。
驚き、視線を下に向けると、何とフェリスが、私に抱きついている。
フェリスは、身長167cmのミリアムより10cm以上背が低いので、ちょうど私の唇のあたりに、フェリスのおでこがあった。
えっ、なに?
なんなの、この展開?
予想外の状況に軽くパニックになっていると、フェリスは潤んだ瞳で私を見上げ、ゆっくりと瞼を閉じた。
こ、これは……
この状況は……
恋愛経験に乏しい私でも、流石になんとなくわかる。
フェリスは、口づけを求めているのだ。
ちょっと待てや!
おかしいでしょ!
フェリスはこういう子じゃないってば!
確かにゲームの中では、選択肢の都合もあってか、やたらと攻略対象に抱きつく場面が多いけど、フェリスはいたってノーマルな女子であり、出会ったばかりの女にちょっと優しくされたからって、いきなりキスを求めるようなことはしないはずだわ! い、いや、ガールズラブを、アブノーマルとか言うつもりは全然ないけど!
と、とにかく!
こんなのあり得ない!
……う゛。
……『こんなのあり得ない』か。
あり得ないことばかり起こっているのに、今更こんな台詞を言ってもしょうがないわよね。