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触れ合う手と手

 宿の中に入って行こうとするフェリスを私は慌てて引き留め、なるべくオブラートに包んだ言い方で、ここが『売春宿』で、フェリスは危うく体を売らされるところだったということを説明した。


 説明を聞いているうちに、フェリスの顔はみるみる赤くなった。

 そのすぐ後、彼女は真っ青になり、あわあわと震える唇で、言う。


「そ、そんな、でも、宿のご主人さんは、『お嬢ちゃんにとってもいい話だろう』って……」


「う、うーん……まあ、お金のない女の人で、『そういうこと』に抵抗のないお方の場合は、確かに悪い話じゃないかもね。この辺り、治安が良くないから、深夜の一人歩きはかなり危険なのよ。そんな場所で、少なくとも野宿はせずに済むわけだし。あ、でも、あなたは絶対、こんな宿に入っちゃ駄目よ。住むところなら、私が何とかしてあげるから」


「で、でも、そんな、お仕事中もミリアさんにはご迷惑をかけっぱなしだったのに、そこまでしてもらうわけには……」


 フェリスはそう言って、チラチラと売春宿に目をやる。


 人に迷惑をかけることを好まない、自立心の強い子だ。都会の知識も、他に頼るものもないこの状況では、放っておいたら、本当に『売春宿』にだってなんだって、入ってしまいかねない。


 あ、あぶなっかしいわ、この子……


 ここはひとまず、このいかがわしいお宿から引き離すのが先決ね。

 いつまでもこんなところにいたら、フェリスのピュアなハートに悪影響が出るわ。


 私は少々強引に、フェリスの手を引いて走り出した。


「あっ、ちょっ、ミリアさん? どこへ……」

「私の屋敷……じゃなくて、家に行きましょ。少なくとも、あんな宿に泊まるよりは、ずっとマシなはずよ」


 走りながら、フェリスは一言二言、遠慮の言葉を漏らしたが、そのうち喋るのをやめ、小さく頷いた。……彼女も本心では、いかがわしい宿になんて泊りたくないに決まってる。私に迷惑をかけるのは心苦しいが、とりあえず一晩だけは世話になろうと考え直したのだろう。


 やがて、治安の悪い地帯を走り抜けた私たちは、おごそかな街灯に照らされた路地を、ゆっくり歩く。


 そこで、いまだにフェリスの手を握ったままであることに気が付いた私は、急に照れくさくなり、慌ててその手を放した。


「あはは、ごめんごめん、いつまでも、手、握ったままで。いきなり引っ張られて、びっくりしちゃったでしょ?」


 私の言葉に、フェリスは静かに首を左右に振った。

 それから、今離れたばかりの私の右手に、自身の左手をそっと重ねてくる。


「びっくりなんて、そんな……あの、凄く嬉しくて、頼もしかったです……私、本当に世間知らずで、ミリアさんがいてくれなかったら、あのまま……」


 フェリスの左手は、かすかに震えていた。

 今になってやっと、大した知識もなく都会に出てきた自分の大胆さ……そして、ある意味では『浅はか』であったことに気がつき、恐ろしくなったのだろう。


 私は彼女を慰めるように、少しだけ強く、手を握った。


 あなたはなんにも悪くないのよ。

 本当なら、今から約一年後、小さいけど素敵な喫茶店で、優しい人たちに囲まれて、輝くような人生を送るはずだったんだから。


 ……それがどうして、こんなことになってしまったのだろう?


 午前中も考えたことだが、不思議で仕方ない。

 ミリアムとフェリスがこんなに早く出会うことなんて、絶対にありえないのに……

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