けばけばしいお宿
オーダーを聞き違えたり、最初に注文したお客さんより、後に注文したお客さんへと先に配膳してしまったりとまあ、『飲食業ミスあるある』を、ほぼフルコンプリートでやってくれたので、それをサポートする私は、ハッキリ言って、いつもの倍疲れた。
まあ、無理もないのよね。
これまで一度も働いたことのない16歳の女の子が、いきなり殺人的な忙しさの接客業の現場に飛び込めば、ミスが起こらない方がおかしい。そもそもフェリスは、ちょっとドジっ子っぽいところがあるし。
ただ、それでへこたれないのがフェリスの良いところで、懸命の努力で、夜までにはそこそこ仕事のコツを掴んだようだった。これなら、一週間ほどすれば、充分頼れる同僚となるだろう。
そんなわけで、店長さんとおかみさんに『また明日』と挨拶をして、私とフェリスは店を出た。
あ゛ぁ~、疲れた~。
屋敷に帰ったら、ゆったりとお風呂に入って、今日は早く寝ちゃおう。
……そこで私は、思った。
フェリスは、どこに帰るのだろう?
住むところはもう、見つかっているのだろうか?
乙女ゲーム『聖王国の幻想曲』では、彼女は小さな喫茶店に住み込みで働くので、寝泊まりする場所の心配はないのだが、我らが『犬のしっぽ亭』には、従業員が寝泊まりできるスペースなどない。
まあ、普通に考えれば、もうすでに、どこかで宿舎は確保しているのだろう。
たとえ『犬のしっぽ亭』に就業を断られても、仕事が見つかるまで都に留まる覚悟だったみたいだし。
それでもやっぱり気になって、ぼんやりとした月明かりの下、私と肩を並べて歩くフェリスに、尋ねた。
「あの、フェリスちゃん。あなた、都に出て来たばっかりだけど、もう住むところは決まってるの?」
ほぼ丸一日に渡る、生まれて初めての労働が堪えたのか、ちょっぴりふらつきながら、フェリスは答える。
「あ、はい。もう少し行ったところに、安い値段で泊まれる宿屋さんがあって、とりあえずそこに……」
そっか。
やっぱり宿の目星をつけてから、面接に来てたのね。
まだ若いのに(私と同い年だけど)、しっかりしてることだ。
……しかし、そこで、ちょっとしたことに気が付く。
この近くって、あんまり治安も良くないし、えっと、その、ここ周辺にある宿は、そのほとんどが確か……
そんなことを思っているうちに、フェリスの言う『安い値段で泊まれる宿屋さん』に到着した。
フェリスは嬉しそうに、けばけばしい装飾がなされた宿を指さし、屈託のない笑みを浮かべる。
「ここです。なんだかキラキラピカピカしてて、綺麗でしょう? こんなに豪華な感じなのに、パン一個分のお金で泊まれちゃうんですよ。ミリアさんもだけど、都会には親切で優しい人が多いんですね」
ああ……違う……違うのよフェリスちゃん……
ここ……あなたが思ってるような、親切な人が経営してるお宿じゃないの……
ハッキリ言おう。
この宿は、まあ、いわゆる『売春宿』である。
宿の主人に、どう言いくるめられたのかは知らないが、恐らく『パン一個分の金で泊めてやるから、代わりに一晩、客と寝ろ』という感じの話なのだろう。
純真無垢なフェリスには、『客と寝ろ』の意味が通じなかったに違いない。