運命の流れ
「わ、わかったよ、すまん、ワシが悪かったから、そんなに怒鳴らないでくれ。それじゃ、フェリスちゃん。正式に雇用契約書を作るから、こっちに来てくれるかな?」
顔にたっぷりとかかった唾を、右手に持った布巾で拭いながら、左手でフェリスを手招きする店長さん。
それで、フェリスはハッと我に返り、座っていた椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がると、私と店長さんに向かって、何度も頭を下げた。
「あ、ありがとうございます、ありがとうございますっ。まさか、こんな、一度で採用が決まるなんて、思っていませんでした。孤児院を出たての16歳の子供なんて、実社会じゃ使い物にならないから、きっと何度も門前払いを食らうだろうって、先生たちには言われてたから……」
そう言って笑うフェリスの顔は、本当に嬉しそうで、実に眩しかった。
店長さんは、うんうんと頷いて、「まあ、そういう扱いをする店の方が多いかもしれないね」と言う。
「でもワシは、子供だから使い物にならないなんて、そんな判断はしないよ。重要なのは根性さ。……正直に言えば、フェリスちゃん、大人しそうだから、怖いおじさんたちもいっぱい来るこの店には向いてないかもとは、ちょっと思った。でも、このミリアちゃんが太鼓判を押したんだから、ワシもキミを信じることにするよ。さあ、契約書を作ろう」
促され、店長さんと奥の事務室に歩いて行きながら、フェリスは振り向き、ニッコリと微笑んで、もう一度だけ、私に深々と頭を下げたのだった。
はぁ……
やっぱりフェリスは可愛いわね……
私、いたってノーマルな女子だけど、フェリスとなら結婚してもいいわ。
まあ、それはそれとして、どうしてフェリスは、ここに来たんだろう?
いや、もちろん、さっきの話で、予定より早く孤児院を出た理由は分かった。
私が疑問に思っているのはそういうことではなく、本来のゲームのシナリオ通りなら、フェリスは小さな喫茶店で、生まれて初めて働き始めることになるはずなのに、どういうわけか、彼女の人生初の就職先は、この『犬のしっぽ亭』に決まってしまったってことなのよ。
言うまでもないが、『犬のしっぽ亭』は喫茶店ではない。
……これはいったい、どういうことだろう?
基本的に、この世界で起こることは、ゲームのシナリオを踏襲しているはずなのに。
んー、そもそも、ゲームのシナリオ通りならば、フェリスは17歳になるまでは孤児院にいるんだもんね。何か理由があって、この世界の『運命の流れ』とでもいうべきものが、変わってきてるのかな?
この調子で、私の運命も良い方向に流れて、『破滅の未来』に向かわなければいいんだけど。
そんなことを思いながら、私はおかみさんと一緒に、店のドアを開けた。
あれこれ話したり考えたりしているうちに、開店時間になったのだ。
さあ、今日もバリバリ働くぞ!
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あっという間に時間は流れ、日中の食堂営業も、夜の酒場営業も終わり、店じまいの時間となった。
午前の途中から、フェリスにも見習いとして接客に入ってもらったのだが、……その、こういう言い方をしてはなんなんだけど、彼女はびっくりするくらい役に立たなかった。