フェリス・ノーム
「はー、なるほど。理屈は分かりましたけど、私に人の根性を見抜くような、鋭い洞察力なんてないと思いますよ……?」
「いやいや、そんなことはない。ミリアちゃん、最近の若者にしては、めずらしくガッツがあるからね。自分と同じガッツがある相手なら、少し話せばビビッとくるはずだよ」
どんな理論だと思ったが、店長さんはすっかりその気であり、とても断れる雰囲気ではない。
まあいっか。
面接っていったって、志望動機を尋ねて、仕事の内容を話して、やっていけそうかどうか聞くだけだもんね。
私は、「ふぅ」と小さなため息を漏らし、口元を緩め、頷いた。
「わかりました。でも私、たぶんよっぽどひどい人じゃない限り、採用しちゃいますよ? せっかく来てくれた人を落とすなんて嫌ですから。後になって『なんでこんなの雇った!』って怒らないでくださいね」
「おお、やってくれるかい。いやいや、助かるよ、本当に。それじゃ明日は、いつもの開店時刻より少し早めに来てくれるかな? 時間外労働手当と、面接官担当手当も少しは出すからさ、よろしく頼むよ」
そう言って、店長さんが書面にして提示した『時間外労働手当』と『面接官担当手当』は、『少し』と言うにはかなり多い金額だった。もしかして数字の桁を間違えているのではと思い、私は目をぱちくりさせて尋ねる。
「えっと、あの、これ、桁が間違ってませんか?」
「いや、これであってるよ。ミリアちゃんはこの一ヶ月、本当に頑張ってくれたからね。その働きぶりに対するボーナスも含まれてると思っておいてくれ」
おおぉぉぉぉ……
やった……
私の努力が、明確な『金銭報酬』という形で、認められた……
嬉しい……
結局はすべて、ヒルデガードに対するお給金として消え果てるお金ではあるが、それでも嬉しい……
そんなわけで、これまでにない達成感と充実感を覚えながら、私は店を出て、柔らかな月明かりを楽しみつつ、屋敷へと帰ったのだった。
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そして、翌日。
朝の6時半ピッタリに『犬のしっぽ亭』へとやってきた私は、私よりも早くに店へと来ていた感心な『就職希望者』と、テーブルを挟んで対面した。
驚きに、一瞬だが、くらりとする。
その『就職希望者』とは、なんと……
「おはようございます。私、こちらのお店で働かせてもらいたくて、やって参りました。『フェリス・ノーム』という者です。どうか、よろしくお願いいたします」
あの乙女ゲーム『聖王国の幻想曲』の主人公。『フェリス』だったのである。
フェリスは肩まで伸ばした水色の髪を揺らし、私に向かって丁寧にお辞儀をした。
あわ……
あわわ……
なんでフェリスがここに?
突然のフェリスの出現に、私はどう対応していいのか、軽いパニックになり、やや上ずった叫び声で、思った通りのことを聞いてしまう。
「な、なんであなたがここにいるの!?」
私の声にビックリしたのか、フェリスは少しだけ身を竦ませて、困った様子で答えた。
「えっ、あの、その、ですから、こちらのお店で働かせてもらいたくて……」
「いや、そーじゃなくて! あなた、17歳になるまでは、この都よりずっと西の『テリエル孤児院』で暮らしてるはずでしょ? 私は詳しいのよ!」
ここで簡潔に、フェリスについて説明しておこう。
先ほども述べたが、『フェリス・ノーム』は『聖王国の幻想曲』の主人公である。
身寄りはおらず、田舎の孤児院で育ったフェリスは、17歳になると都に出て、小さな喫茶店で働き始める。そして、様々な人々との出会いが彼女を成長させ、やがては意中の相手と恋に落ち、幸せな結末を迎える……『聖王国の幻想曲』は、フェリスが18歳になるまでの、一年間の物語なのだ。
だから今の状況は、絶対におかしい。
フェリスはミリアムと同い年で、生まれた月もほとんど同じなので、今のフェリスは、せいぜい16歳と数ヶ月ってところのはずだ。
そんな年齢のフェリスが、都に出てくることはあり得ない。
だって、17歳までは、安心して孤児院で暮らせるのだから。
フェリスの暮らしていた『テリエル孤児院』は、王政の手厚い保護を受け、充分な衣食住が保証されているが、その代わりに『年齢制限』があり、17歳になった者は院を出て、自分で住むところと仕事を見つけなければならない。
あと一年近くは『年齢制限』に達するまでの猶予があるのに、何故フェリスはもう職探しを始めているのか。どうしても聞かずにはいられなかった。
私はテーブルの向こう側に歩いて行くと、フェリスのほっそりとした肩を両手で掴み、もう一度尋ねる。
「ねえ、教えて。どうして都に出てきたの? 孤児院では勉強も教えてもらえるし、自由な時間もいっぱいあるわ。あなた、まだまだ遊んでいたい年頃でしょ?」