降って湧いたような災難
すみません、昨日は更新できませんでした。
「今から、8年と半年ほど前、当時12歳だった私は、森で狩人をしていました。なんたって、森の民ですからね」
「森って、この前、私とエッダが盗賊たちに襲われた、あの不気味な森?」
「ええ。都に住む人々には、ただの不気味な森でしょうが、私たち森の民にとっては、過ごしやすく、なかなか快適な環境でしたよ。日の出と共に起き、日の入りと共に眠る、静かでつつましく、自然のままの暮らしは、私の性に、とても合っていました」
「ふうん。それなのに、どうして騒々しい大都会――聖都フォーディンに来て、メイドさんになろうと思ったの?」
「こういう言い方をしてはなんですが、私だって、何も好き好んで人だらけの都会に来たわけじゃないんですよ」
「えっ、そうなの? 何か、トラブルでもあったわけ?」
ヒルデガードは、頷いた。
「覚えておられませんか? 8年前、王政に不満を持つ有力貴族の連合が反乱を起こし、この国が、内紛状態にあったことを」
「そ、そうだっけ……? ご、ごめん、私、その頃まだ小さかったから……い、いや、でも、そんな大変なこと、やっぱり覚えてないと駄目よね」
「いえ、きっとローゼン公爵閣下が、ミリアム様に心配をかけないように、あまりそういう話はしなかったのでしょうね。このお屋敷の中にいれば、外の喧騒が聞こえることもないでしょうし、覚えていなくても無理はないでしょう」
「そう言ってもらえるとありがたいわ。で、その貴族たちの内紛が、あなたの人生とどう関係あるの?」
そこでもう一度、ヒルデガードはアップルティーを口に含み、話を続ける。
「有力貴族の連合は、勝算があって戦いを挑んだようでしたが、その見通しは甘く、強力な魔法使いを多く擁している王政派に追いつめられ、都からの撤退を余儀なくされました。しかし、まだまだ戦力も士気も充分であった彼らは、あろうことか、私が暮らしていたあの森に城塞を作り、長期戦の構えを取ったのです」
「な、なんとまあ……それはまた、あなたにとっては、降って湧いたような災難ね。静かに暮らしてただけなのに、王政派と貴族の争いのせいで、生活圏を踏み荒らされるなんて……」
「まったくです。巨大な城塞と、そこを出入りする兵隊たちのせいで、静かだった森の環境は一変しました。木は折れ、川は汚れ、大地は荒れ、鳥も動物もいなくなった。……思い知りましたよ。どんなに自然に感謝して、つつましく生きていても、どこかの誰かの気分次第で、穏やかな暮らしと言うものは簡単に壊れてしまうのだということを」




