なれあい
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その日の夜。
私はヒルデガードの私室に行き、職業安定所が稼働を始めたことを報告した。
前に来た時と同じく、白いテーブルを挟んで向かい合い、ヒルデガードが淹れてくれた温かなアップルティーを飲みながら、昨日から今日にかけて起こったことを順々に話していく。
流石のヒルデガードも、フランシーヌのところに相談をしに向かった翌日に事業がスタートするとは思っていなかったらしく、深紅の瞳をやや見開き、唖然とした表情を見せた。
「フランシーヌ様が商売に長けているのは分かっていましたが、まさか、たった一日で、新しい会社を設立してしまうとは……少々……いえ、かなり驚きました……」
「私も驚いたわ。フランの頭の中には、もともと職業安定所の構想があったみたいだから、すぐに実行に移すことができたんだって」
「しかし、いくら頭の中に事業のロードマップができていても、普通はそうやすやすと実現できるものではないでしょう。想像と現実は大きく違うものですからね。計画を準備しておくだけで、すべて思い通りに行くなら、誰でも大富豪になれます」
「言われてみればそうね。まあ、それだけ、フランの能力と、クレメンザ家の商業ネットワークが凄いってことじゃない?」
「そういうことなのでしょうね。……それにしても、先程から『フラン』『フラン』と、それはいったいなんなのですか?」
……『いったいなんなのですか?』とは、またえらく抽象的な問いだ。
質問の意味がよく分からなくて、私は一度アップルティーを飲むと、首をかしげて「どういう意味?」と聞き返す。そこでやっと、ヒルデガードがムッとしていることに気がついた。
ヒルデガードは、少々ジトッとした目でこっちを見ながら、不愉快そうに言葉を紡いでいく。
「まさかとは思いますが、あの小娘とあだ名で呼び合うような『なれあい』をしているのではないでしょうね」
ああ、そういうこと。
ヒルデガードが大嫌いなフランシーヌのことを、私が『フラン』という愛称で呼んでいるのが気に入らないのね。私は苦笑しかけたが、笑うとますますヒルデガードの機嫌を損ねそうなので、再びアップルティーを飲み、口元をカップで隠した。
「まあまあ、あだ名で呼び合うくらい、いいじゃない。フランシーヌより『フラン』の方が呼びやすいしね。それに、一緒に事業をやってる仲間なんだから、多少の『なれあい』は、人間関係を円滑にする潤滑油だと思うけど」
「はあ……『なれあいは人間関係を円滑にする潤滑油』……ですか。それはまあ、そうかもしれませんね」




