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視線

「ん。馬車が来ましたわね。呼んでから到着までだいたい五分と少々。まあまあのスピードですわね」


「まあまあどころか、滅茶苦茶早いと思うけど……」


「おほほ、我がクレメンザ家の馬車は特別製ですし、御者も充分な経験を積んだプロフェッショナルですからね。何より、都のあちこちに車庫を有しておりますから、どこからでも短時間で馬車を呼べますの。このすぐ近くにも一つ車庫があるので、本気で急がせれば、三分でここまで来させることも可能でしてよ。おほほほほ♪」


 そう言って、高らかに笑うフランシーヌは、もう完全にいつも通りだ。

 先ほどの、怒りに満ちた狂暴な姿は、幻だったのではないかとすら思えてくる。


 しかし、彼女の左手首に深々と刻まれた奴隷少女の歯型が、少し前に起こった出来事は、決して夢でも幻でもないと教えてくれる。私は、フランシーヌの手を取り、まじまじと傷痕を見た。


「良かった……もう血は止まってるみたいね。思ったほど酷い怪我じゃなくてホッとしたわ」


「当然でしてよ。これくらい、大したことありませんわ。ちょっと前にも言ったでしょう? わたくし、見た目よりタフでしてよ」


「あなたがタフで強いのは、今までのことで、充分わかったつもりよ。でも、念のため、お屋敷に帰ったら、ちゃんとした治療を受けてね」


「この程度の怪我、放っておいても大丈夫なのですけど、お姉様がそう言うなら、言う通りにしますわ。……さて、馬車が来た以上、いつまでもこんなところで話し込む必要もありませんわね。とっとと帰るとしましょうか。お姉様も乗っていかれるでしょう?」


 私は頷いた。


 もう昼食をとるような気分ではなくなっていたし、クレメンザ家の高速馬車で屋敷まで送ってもらえるなら、ありがたいことだ。


 フランシーヌは「では、参りましょうか」と微笑み、倒れていた奴隷の少女を抱えて、黒塗りの馬車に乗り込む。私もそれに続こうと、開かれた馬車の戸――その下にある踏み台に足をかける。


 すると、背後に、何とも言えない視線を感じた。


 だから、振り返った。

 視線の主は、テントの中に残された、もう一人の奴隷少女だった。


 今述べた通り、彼女は本当に、何とも言えない瞳で、こちらを見ている。


 怒り?

 悲しみ?

 自由への憧れ?

 奴隷制度を肯定する、狂った世界への憎しみ?

 あるいは、身分の違うものに対する羨望?


 その、すべてが混ざった瞳であるような気もするし、どれも違うような気もする。……彼女もいつか、誰かに買われていくのだろうか? 美しい少女ではあるが、奴隷でいる限り、その美しさは、彼女自身のためにあるのではない。彼女を買う、主人のためのものだ。彼女にいったい、どんな未来があるのだろうか?


 そんなことを考えていると、フランシーヌのピシャリとした声が聞こえる。


「お姉様、いつまでもそこで止まっていては、御者が戸を閉められませんわよ」

「あっ、ごめんなさい」


 そして私は、馬車に乗り込み、ふかふかのシートに腰を下ろした。

 御者さんが戸を閉めたので、窓から再び、奴隷商人のテントの中を見る。


 残された奴隷少女は、もうこちらを見ていなかった。

 彼女は虚ろな瞳で、ただじっと、空を眺めていた。

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