懲罰の首輪
そう思っていると、フランシーヌがつかつかと歩いてきて、奴隷商人に言う。
「もうそれくらいでいいでしょう。わたくしなら大丈夫ですわ。健康で、気の強い奴隷でも、『懲罰の首輪』であまり虐めると、人格が委縮し、奴隷としての価値が損なわれましてよ」
……『懲罰の首輪』か。
名称から察するに、きっと、呪文を唱えることで装着者に苦痛を与える、制裁用の魔術具なのね。
奴隷商人は、フランシーヌに諭されても、厳しい顔で首を左右に振った。
「いえ、私に対する粗相でしたら、いくらでも寛容に済ませますが、通りすがりのお嬢様に怪我を負わせたことは、許せません。私がしつけを怠り、少々甘やかしすぎたのが悪いのです。一度、徹底的に自分の立場を分からせておかないと。……あなた様の怪我に対しては、正式な手続きを踏んで謝罪と賠償をおこないますので、どうか、ご容赦くださいませ」
言い切ってから、深々と頭を下げると、奴隷商人は再び厳しい顔で黒髪の奴隷少女を睨み、またしても何かの呪文を唱えた。
「あがっ! あがっ! あがががががががががーっ!」
これまでも充分苦しんでいた黒髪の奴隷少女が、陸に打ち上げられた魚のように激しくのたうつ。石畳の上で狂い悶えているせいで、彼女の顔はもう擦り傷だらけだ。口からは白い泡が溢れており、黒髪の奴隷少女が想像を絶する苦しみの中にいるのが、鈍い私でもよく分かった。
いくらなんでも、これはあんまりだ。
やめさせないと。
そう決意し、奴隷商人を止めようと前に出たが、いつの間にか、私の前にフランシーヌがいた。……商人としてのルールを重んじるフランシーヌのことだ。もしかして、『商品である奴隷をどうしようと、管理者である奴隷商人の勝手だから止めるな』とでも言いたいのかしら?
一瞬だけそのように思ったが、そうでないことがすぐにわかった。
フランシーヌは、私に背を向けていたのだ。
そのため、彼女の表情は伺い知れなかったが、小さく、声が聞こえてきた。
「もうやめてくださいまし」
私は最初、それが、誰の発した声か分からなかった。
あまりにも機械的で、低い声だったからだ。
「もうやめてくださいまし」
もう一度、同じ台詞が聞こえたところでやっと、それがフランシーヌの声だと分かった。どうやら、奴隷商人に面と向かって、黒髪の奴隷少女に対する制裁をやめろと言っているらしい。
フランシーヌの台詞を受けて、奴隷商人は彼女の方をちらりと見たが、制裁を止めはしなかった。そして、フランシーヌは、三度目の言葉を放つ。
「てめぇ、やめろっつってんだろうが。老いぼれて耳が遠いのか? 何度も同じこと言わせんじゃねぇよ」
もの凄い声だった。
『厳しい声』や『ドスの利いた声』という表現では、全然足りない。
あまりにも重々しい、憎悪と殺意のこもった声だった。
これまでも何度か、恐ろしい声色で、人を脅そうとするようなタイプの声は、聞いたことがある。ヒルデガードを迎えに行ったとき、森で盗賊たちにかけられた言葉は怖かったし、『犬のしっぽ亭』で、泥酔したカールトンさんがフェリスに言い放った声も怖かった。最近では、『こめつぶ荘』の幽霊の声も、ドスが利いてて怖かった。
しかし、今のフランシーヌの声の迫力は、それ以上だった。




