奴隷売買
それに、奴隷売買には年齢制限があり、十八歳以下の子供が、両親の承諾なしに奴隷の購入、譲渡をすることは法律で禁止されている。
何より、異世界転生でこの世界にやって来た私にとっては異常に見えても、奴隷売買はきちんとした決まりの下でおこなわれている、正当かつ真っ当なビジネスだ。開業にあたっては、厳しい試験を突破して免許を取らねばならず、社会的な身分は、一般的な職業より高いくらいである。
……いくら奴隷の売買が不愉快だからと言って、もともと私がいた『違う世界の常識』で、この世界の商売を断罪することなど、許されるのだろうか?
例えるなら、私たちの世界――地球で、ある日突然、異世界からやって来たという人間が、『私は植物が意思を持ち、人間のように生活する世界から来た。かわいそうだから、サラダを食べるのはやめろ。八百屋はすべて潰せ』と言うようなものなのかもしれない。
かわいそうだけど、私には、どうすることもできない――
そう思い、唇をかんで、足早に歩き始めた時だった。
それまで、まるで置物みたいに微動だにしなかった、黒髪の奴隷少女が、脱兎の勢いでテントから飛び出してきた。
一人だけだ。
奴隷商人と、もう一人の、金髪の奴隷少女は、唖然としている。
数瞬遅れて、私は気がついた。
黒髪の奴隷少女は、逃げる気なのだ。
私は、彼女を応援したい気持ちだったが、黒髪の奴隷少女の逃亡劇は、たったの五秒で終わった。……フランシーヌが、黒髪の奴隷少女を捕まえたのだ。フランシーヌは、感情の見えない声で、淡々と、諭すように言う。
「逃げても無駄ですわよ。奴隷の首輪には、高度な魔術の呪いがかかっていますから、どこに行っても、あっという間に居場所を特定され、捕まってしまいますわ。……もっとも、奴隷の首輪をつけた人間が、一人でふらふら歩いていたら、その時点で市民に通報されて、奴隷管理局の職員に拘束されるでしょうけどね」
黒髪の奴隷少女は、その言葉を聞いているのかいないのか、フランシーヌの腕から逃れようと、滅茶苦茶に暴れている。だが、どんなに暴れても、腕力ではかなわないと悟ったのか、今度はいきなり、むき出しになっているフランシーヌの手首に、思い切り噛みついた。
私の耳にまで、『ガブリ』とも、『ズブリ』とも聞こえる、歯が肉を断つ音がして、私は思わず、瞳を閉じた。そして、すぐに目を開く。黒髪の奴隷少女が噛みついたフランシーヌの白い腕からは、真っ赤な鮮血が滴っていた。
相当な深手のはずだが、フランシーヌは顔を顰めることもなく、まったく感情のこもってない瞳で、黒髪の奴隷少女を眺めていた。
今この場で、最も顔を青くしているのは、奴隷商人の男である。
彼は「なんてことをするんだ!」と叫ぶと、手を高く掲げて、何かの呪文を唱えた。すると、彼の手首に巻かれているブレスレットが発光し、それと同時に、黒髪の奴隷少女の首輪が内側へと締まっていく。
どんなに闘争心に溢れていても、首を絞められては、どうしようもない。黒髪の奴隷少女は、フランシーヌから口を離すと、地面に倒れ伏し、苦しそうに悶えていた。
「ぐぁうっ……! あ゛ーっ! がっ、がぅっ! ぐぅぅぅぅ……っ!」
それはまるで、獣の慟哭だった。
……もの凄い苦しみようだわ。
少し首を絞められただけで、こんなに苦しむものなのだろうか?




