充分な功績
「もちろん、その際には、お姉様にも随分と尽力していただいたことを、都の人々に伝えますわ。これで、『善行を積んで、皆に愛される人物になりたい』というお姉様の目的も達成できますわね」
その気遣いは大変ありがたいが、この職業安定所設立に関して、私が尽力したと言えるだろうか? 結局、一から十まで、フランシーヌの采配で物事が動き、私はそれを見ていただけだ。
そんな私の気持ちを、表情から悟ったのか、フランシーヌは慰めの言葉をかけるように、優しく囁く。
「お姉様、もしかして、自分が何の役にも立っていないと思っていらっしゃるなら、それは大きな間違いですわ。お姉様の人格が目覚めて、本来のミリアム様が消え去ってしまわなければ、平民のためになる職業安定所なんて、絶対に作ることはできませんでしたからね。これだけで、充分な功績ですわ」
「う、うーん……でも、私の人格が目覚めたことで、ミリアムの人格が消えたから物事がうまくいったって考えるのも、なんだか複雑な気分……」
「はぁ、まだあの性悪女に同情していますの? どうでもいいじゃありませんの、あんなの」
「あんなのって……あなた、相変わらずミリアムにはキツイわねぇ」
本当にどうでもよさそうに小さなあくびをかくフランシーヌに、私は苦笑する。まあ、初めての出会いで人間サンドバッグにされたんだから、フランシーヌが本来のミリアムを嫌うのも、仕方ないことか。
そこで、ちょうど会話が途切れたので、私とフランシーヌは、職業安定所の現場責任者とスタッフに後を託すと、建物を出た。
中は空調が効いていたらしく、外に出ると、思った以上に暑い。
間もなく正午。輝く太陽は天高く昇っており、まるで『もうお昼ですよー』と主張しているようである。
「うわっ、まぶしっ……まだ六月だけど、日差しは、もうほとんど夏と変わらないわね」
目に突き刺さるような日差しを手で遮りながら、隣を歩くフランシーヌに声をかける。彼女は、いったいいつ取り出したのか、豪奢な帽子とサングラスで、紫外線を完全にガードしていた。
「お姉様、この時期の紫外線は油断できませんから、せめて帽子くらいは着用した方がよろしいと思いますわよ」
「そうね。あんまり日焼けもしたくないし、どこかのお店で帽子を買うわ」
「それなら、この近くに我がクレメンザ商会が経営する服飾店がありますの。是非ごひいきにしてくださいまし」
「はいはい、そうするわ。それにしても、本当に商魂たくましいわね、あなた」
「別に商売っ気だけで言ってるわけじゃありませんわ。お姉様の白い肌を邪悪な紫外線から守るには、この都で最も良い商品を扱っている、クレメンザ商会の服飾店が一番だと思っただけですわ。可愛い妹分の、優しい気遣いというやつですわね」
「かぁー、自分で可愛い妹分とか言っちゃうかぁー」
「あら、だってわたくし、可愛いでしょう? それなのに、変に謙遜して『可愛くない』なんて言ったら、逆に嫌味でしてよ」
「その凄まじい自信、ある意味尊敬するわ……」
まあ確かに、可愛いか可愛くないかと問われれば、フランシーヌはとても可愛い。単純に目鼻立ちが整っているだけではなく、その容貌には、何ともいえない『華』がある。現代であれば、タレント事務所が放っておかないだろう。
この可愛い顔を、サンドバッグ代わりにして何度も殴ったと思うと、改めてミリアムの苛烈さに背筋が冷たくなり、ミリアムが昔は優しかったという話を、とても信じられなくなる。でも、ヒルデガードやパトリスが、私に嘘をつくはずないしなあ……




