良い関係
「もう、お姉様ったら、そんなに悲しそうな顔、しなくても大丈夫ですわよ。蝶よ花よと育てられてきた、貧弱なお嬢様のへなちょこパンチなんて、いくら食らっても屁でもありませんでしたわ。わたくし、見た目よりタフでしてよ。子供の頃からね」
フランシーヌの言葉は、強がりを言ってるようには聞こえない。
本当に、少女のパンチを顔面で受けることくらい、彼女にとっては大したことではないのだろう。
「おほほ、どんなに殴られてもニコニコ笑ってるわたくしを見て、ミリアム様は『あなたなかなか面白いわね』とすこぶる上機嫌でしたから、ご機嫌取りの第一段階は成功したと確信したわたくしは、心の中でほくそ笑んでいましたわ。『馬鹿なお嬢様。これからせいぜい利用してやる』ってね。おほほほ」
なんだか、凄い話だ……
無抵抗の女の子を、叩いて遊ぶオモチャのように殴りつけるミリアムも普通じゃないが、殴られながら、冷静に将来の算段をしているフランシーヌは、そこら辺のお嬢様とは格が違う。私は思わず、感心と畏怖の混ざった吐息を漏らした。
……『馬鹿なお嬢様。これからせいぜい利用してやる』か。
それで実際、上手にミリアムの機嫌を取って、ローゼン家の人脈や国への発言力を大いに利用したのだから、まあ、大したものである。
あっ。
そうだ。
あの話、しなくちゃ。
昨晩、鉱山で働いているカールトンさんから聞いた話。
安全軽視で利益重視の、クレメンザ商会の鉱山運営を、見直してもらわないと。
私は一度咳払いし、フランシーヌに主張した。
まず、一ヶ月前にカールトンさんと諍いになったところから説明を始め、それから、昨日聞いたことに、話を繋げていく。
フェリスの入れ知恵通りに、『安全管理を軽視すると、作業員が怪我したり、坑道が潰れたりするかもしれないから、結果的に損をする』という感じで話をすると、フランシーヌは思いのほか真剣に耳を傾けてくれた。
そして話が終わると、フランシーヌは小さく頷き、言う。
「なるほど、なるほど。平たく言えば、鉱山運営を、国が管理していた頃と同じような形にしろと言うわけですわね」
「そうなの。あなたのお父さん――エルコーレさんに、伝えてくれる?」
「はあ、わかりました。お姉様直々のお願いですから、善処しますわ」
その言葉を聞いて、私の気持ちはパァッと明るくなった。
思わずフランシーヌに抱きつき、感謝の言葉を述べる。
「ありがとう、フラン! ああ、これで、気持ちが軽くなったわ。カールトンさんのことを考えると、昨日から心が重かったのよね……」
「大げさですわね。酔っぱらって女の子に手を上げるような情けない男のことでそんなに悩むなんて、お人よしにもほどがありますわ」
「えへへ……」
「まあ、お姉様のそういうところ、嫌いじゃありませんわよ。今も昔も、わたくしの周りにはいないタイプですからね」
そう言って笑うフランシーヌと、私は微笑み合った。
正直、昨日の時点では、この子とうまく付き合っていけるか心配だったけど、なんだかんだ言って、良い関係が築けている気がする。そう思うと、なんだかとても嬉しかった。
それから、フランシーヌが色々と建物内を見て回って、従業員たちに細かく指示をしているうちに、時刻はお昼ちょっと前になった。もう少しで、職業安定所開業の時刻になると思うと、気持ちがそわそわしてくる。