初めて会ったときから滅茶苦茶
そのきっかけが思い出せたらいいんだけど、どんなに記憶を掘り起こそうとしても、今の私には無理だった。眉をひそめて、うんうんと唸っていると、フランシーヌが首をかしげて問うてくる。
「お姉様? どうなさいましたの?」
「いや、あのね。うちの、古株の使用人が言うには、昔のミリアムって、優しくて良い子だったらしいのよ。それが、あなたの言う通り、『激烈短気なお嬢様』に変わってしまったんだから、何かきっかけがあったと思うのよね。今、一生懸命それを思い出そうとしてたんだけど……」
「無理だった、というわけですね」
「その通りです……」
落胆した様子の私を見て、フランシーヌは「ふぅ」と息を吐いた。
「古くからミリアム様を知る使用人がそう言うのなら、そうなのでしょうけど、わたくしには少々信じがたいお話ですわ。ミリアム様は、初めて会ったときから滅茶苦茶でしたからね」
「どう滅茶苦茶だったの?」
ちょっぴり興味があって、尋ねてみる。
乙女ゲーム『聖王国の幻想曲』を何度もプレイし、『聖王国の幻想曲ビジュアルファンブック(税込み3780円)』も持っていた私でも、悪役令嬢ミリアムと、取り巻きのフランシーヌの出会いについては知らなかったからだ。
好奇心いっぱいの瞳で見つめる私とは対照的に、フランシーヌはゲッソリした顔で、ゆっくりと語り始める。
「ミリアム様と初めてお会いしたのは、ローゼン家の立派なお庭でしたわ。ミリアム様の遊び相手となるためやって来たわたくしに、彼女はこう言いましたの。『あなた、ボクシングは好き?』って」
「はあ、ボクシング。それは意外ね。ミリアムって、スポーツとか、そういうの、全然興味ないと思ってたけど」
フランシーヌは苦笑した。
「ふふ、おっしゃる通りですわ。本格的な意味では、ミリアム様はボクシングなんかに、まったく興味がなかったと思いますよ。なんでも、たまたま街頭のイベントで、ボクシングの大会をやっていたのを見て、『拳で人を殴る』ということに関心を持ったみたいでしたわね」
「そ、そう。なんか、猛烈に嫌な予感がしてきたわ……」
「当時のわたくしも、嫌な予感がしましたが、ローゼン家に取り入る第一歩と思い、卑屈な態度で『ボクシング、大好きですわ~♥』と答えましたの。そうしたらミリアム様は、満面の笑顔で、『じゃあ殴らせて、反撃しちゃ駄目よ』って言ってきましたわ」
「えぇ~……それ、ボクシングじゃなくて、ただの人間サンドバッグじゃない……」
「まっ、身もふたもない言い方をすれば、そうですわね。わたくしが来るまでは、使用人を殴って遊ぼうと思ってたみたいですけど、少女の華奢な拳で大人のしっかりした体を殴れば、殴った方が痛いですからね。同年代の少女であるわたくしは絶好の遊具だったというわけですわ」
「そ、それでどうなったの? まさか本当に、好き放題に殴らせたわけ?」
「もちろん、そうさせましたわ。わたくし、こう見えて気配りのできるタイプですから、ミリアム様が間違っても怪我をしないように、柔らかい頬の部分にパンチが当たるように上手に首をひねるのが、少し大変でしたわね」
「そ、そんな……」
ミリアムがフランシーヌをサンドバッグ同然に殴り続ける当時の光景を想像し、私は顔をゆがめた。だが、フランシーヌは、そんなにショックを受ける必要はないと言うように手を振り、クスクスと笑って話を続ける。




