突然の脱衣
フランシーヌは、縦ロールのツインテールをほどきながら、事も無げに言う。
「なにって、汗をかいたから、これからシャワーを浴びますの。あんまり見ないでくださいまし」
なあんだ。
そういうことか。
昨日の例もあるから、また押し倒されるんじゃないかと思って、ちょっと焦ったわ。『あんまり見るな』と言われたので、私は素直にフランシーヌから目をそらしながら、少しだけ呆れたように言う。
「脱ぐなら、更衣室とか、脱衣場とか、そういうところで脱ぎなさいよ……」
「おっしゃる通りですわね。でも、このトレーニングルームは、更衣室も兼ねているのですわ。すぐ隣がシャワールームなので」
「ふうん」
そこで会話が切れたので、静かな室内に、フランシーヌが最後の一枚――シルクのショーツを下ろす衣擦れの音が、やけに艶めかしく響く。
なんだか緊張してしまい、ゴクリと唾を飲み込んだ私に、フランシーヌは甘く囁いた。
「さて、今言った通り、これからシャワーを浴びてきますけど、わたくしの脱いだ下着に、イタズラとかしないでくださいね、お姉様」
「しないわよ! するわけないでしょ!?」
「ふふ、そんなに怒鳴らないでくださいまし。ただの冗談ですわ」
赤くなった私を見て、フランシーヌはケラケラと笑うと、打ちっぱなしのコンクリート壁に調和している灰色のドアを開け、トレーニングルームを出て行った。あのドアの向こうが、シャワールームなのだろう。
……まったく、人のことをからかってばかりで。
『職業安定所』のことも、本気で考えてくれてるのかしら?
そう訝しんでいた私の不安は、きっかり一時間後に、完全に吹っ飛んだ。
シャワーを終え、いつものお嬢様スタイルに着替えたフランシーヌに、都の中央区にある立派な建物に連れていかれたからだ。
その立派な建物には『ローゼン職業安定所』という、これまた立派な看板が堂々とかけられている。建物の中には、すでに10名を超える従業員と思しき人たちがいて、皆、忙しそうに書類の整理をしていた。
私は、彼らの働く姿を、呆気に取られて眺めながら、隣に立つフランシーヌに言う。
「ま、まさか……たった一日で、職業安定所、できちゃったわけ?」
「まあ、そういうことですわね。我がクレメンザ家のネットワークを使って、宣伝もしておいたので、今日の午後から本格的に職業安定所として活動を開始しますわ」
驚く私とは対照的に、フランシーヌは『そんなに大したことじゃない』とでも言いたげに、自らの縦ロールヘアを人差し指で弄びながら、さしたる感慨もなく言った。
「今日の午後からって、そんなこと、できるの? いくらなんでも、準備不足なんじゃ……」
「ご心配なく。準備は万端ですわ」
「いや、でも、やっぱりたった一日じゃ……」
なおも食い下がる私に、フランシーヌは小さく息を吐き、それから微笑を浮かべる。
「実を言いますと、わたくし、クレメンザ家の名を高めるために、前々から『職業安定所』的な施設を運営できないかと思い、色々と計画を練っていましたの」
「えっ? それってつまり、私が声をかけるずっと前から『職業安定所』設立を考えてたってこと?」
「左様ですわ。具体的な取引先や保険制度、資金の調達方法まで、全て詳細に考えていましたから、後は実行に移すだけだったのですよ」