気まぐれ
まあ、無理もないか。
昔から尽くしてきたミリアムに、売り言葉に買い言葉とはいえ、一方的に解雇を言い渡されたんだものね。恨まれても当然である。
……いや、でも、ミリアムのことを恨んでるなら、助けてくれたりしないんじゃないだろうか?
私は、心の中に浮かんだ疑問を解消するため、ヒルデガードに問いかけた。
「ね、ねえ、ヒルデガード。あなた、私のこと、好き?」
「嫌いです。とても」
かあぁー。
ハッキリ言うなぁー。
「あ、そ、そう。じゃあ、どうしてさっき、盗賊から助けてくれたの? 嫌いな奴のピンチなんて、放っておけばよかったじゃない」
「そうですね。正直言って、最初はそうしようと思いました。特に、あなたがエッダを置いて馬車の中に逃げ込んだ時は、つい『このクズが……』と口走ってしまいましたし、むしろ私の手で馬車ごと爆破したいと思ったくらいですよ」
「このクズが……って、そこまで言う? あれ、ちょっと待って。馬車に入った場面を知ってるってことは、盗賊に囲まれてた時から、私のこと、見てたの?」
そこで、鉄仮面さながらだったヒルデガードの顔が、ほんのちょっぴりだけ赤く染まったように見えた。ただ、それは私の勘違いだったようで、一度深くまばたきし、まぶたを開くと、ヒルデガードの顔は、これまで通りの無表情に戻っていた。
「この森は私の庭も同然。盗賊どもが騒いでいれば、どこにいてもわかります。それで様子を見に行ってみれば、お懐かしいミリアム様が襲われていたというわけです」
「なるほどね」
「盗賊どもの数は十二人ほどでしたし、私がその気になれば、皆殺しにすることも出来ました。しかし、今の私にはあなたを助ける義務はありませんし、クビにされた恨みもありますから、さっき述べた通り、放っておこうかとも思いました。でも……」
「でも?」
「幼少時から毛嫌いしていた自分の『煙魔法』を使ってまで、エッダを守ろうとしたり、追い詰められた後も、必死で彼女を庇い、盗賊に立ち向かおうとしていた姿に、まあ、その、陳腐な言い方をすれば、心を打たれたんですよ。だから、その、気まぐれで助けて差し上げてもよろしいかなって、思ったんです。ただ、それだけのことですよ」
「そ、そう……気まぐれでも、嬉しいわ。ありがとう……」
あれこれ苦労して発生させた『緑の偽毒ガス』も、結局すぐに見破られて、ここまで追い詰められちゃったんだから、大して意味はなかったと思っていたけど、その努力が、こうしてヒルデガードの心に響いたと思うと、なんだかとても嬉しかった。
おや?
なんとなく、今、良い雰囲気じゃない?
これまでの非礼を謝罪し、ヒルデガードに『屋敷に戻ってきて』ってお願いするなら、今しかないかも。
盗賊たちは、きっといまだに、逃げた私とエッダを探しているのだろうけど、この薄暗い森はモヤだらけで、もう私たちの姿を見失ってしまったのかもしれない。何より、誰かが近づいて来たら、ヒルデガードの超人的な感覚がそれを捉えるだろうから、少なくとも今、いきなり追手が現れる心配はないだろう。
よし。
言おう。
今言おう。
『今までごめんなさい。どうか、屋敷に戻って来て、またメイド長になってください』って。
拒否される可能性が高いだろうけど、それでも、口喧嘩の延長みたいな勢いで、大切なメイド長をクビにしてしまった馬鹿なおこないについての謝意だけは、絶対に伝えないと。
私は覚悟を決め、深く息を吸い込んでから、口を開いた。
「あのね、ヒルデガード。大事な話があるの、聞いてくれる?」
・
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あの薄暗い森でヒルデガードに出会い、再雇用を申し入れてから、早くも一ヶ月が過ぎた。
私は今、町の酒場でアルバイトをしている。
どうしてかって?
それが、ヒルデガードの出した、『再雇用』の条件だったからだ。
丁寧に謝罪し、『お給金はこれまでの五割増しで払うから、どうか屋敷に戻ってきてほしい』と頼み込む私に対し、ヒルデガードは事も無げに、次のようなことを言った。
『別に私、お金に困ってはいないので、五割増しなんかにしてもらわなくても結構です。今まで通りの額で充分ですよ』
その言葉を聞いた時は、喜びで目の前がパァッと輝いたものだ。
私の側で二度と働く気がなければ、『今まで通りの額で充分ですよ』などとという台詞は出てこないだろうからだ。
だが、甘かった。
あのヒルデガードが、ちょっと頭を下げたくらいで、私を許してくれるはずなどなかったのである。
ヒルデガードは、屋敷に戻る条件として、こんなことを述べたのだ。
『もう一度言いますが、給金は、今まで通りの額で結構です。ただし、ローゼン家の金庫からではなく、ミリアム様ご自身が稼いだお金で、支払っていただきたく存じます。それが、再びあなたの側で働くための、絶対条件です』
つまり、親の資産に頼るんじゃなくて、自分で汗水たらして稼いだお金で、給料を払えということである。
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